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2019.09.16 Monday

オーガニック専門のガーデン屋さん

 

 

 

 

 

 

すべて ORGANIC の種だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

家庭菜園用の有機肥料も豊富な品揃えです。

 

 

 

もちろん、プロ用もおいてあります。

 

 

置いてありますが、本気で農業するなら、もう少し違う関係性を作る必要がありそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国道、26号線沿いの店で、路上に立っていると、

 

 

 

ふと、このままヒッチハイクして、気ままの旅に出たくなりました。

 

 

 

旅情をソソル道路ってあるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

2019.09.14 Saturday

Portland の小さな経済を支える B-Line

 

 

 

 

 

言ってみれば、配送会社。

 

 

 

自転車で運びます。

 

 

 

オーナーは、むかし自転車で世界を旅したそうです。

 

 

日本の富山県にも3年ほど住んでいたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像の彼女が今回この会社を案内してくれました。

 

 

名前は聞いたと思うが記憶に残っていません。

 

 

ただ、彼女自身も最初はアルバイトで自転車をこいで配達をしていたと言っていました。

 

 

 

 

中には、街のパン屋さんから依頼を受けた配達用のパンがふた袋入っていました。

 

 

きっと、ロットは無く、その日の需要に応じて色んな荷主の荷物をルートを組んで走るのでしょう。

 

 

 

坂もあるので、当然電動自転車になっています。

 

 

 

 

 

 

 

下には、我々の乗っている自動車に積んでいるバッテリーが2台ほど仕込まれています。

 

 

 

このバッテリーの充電は、もちろんこの建物の屋根に備わっているソーラーパネル。

 

 

 

 

 

 

 

 

中には、こんなタイプの自転車のあります。

 

 

 

一番の心配は、雪だから聞いてみると、この街はあまり積もる事がないと言っていました。

 

 

 

 

前回のプログでは、非日常の状態に置かれた成田空港で、みんなが気持ちをやさしく持って、

 

 

助け合いながら進んだ哲学が、この街では日常的な哲学として暮らしがまわっていっているのかもしれません。

 

 

 

 

この施設は、この B-Line だけじゃない。

 

 

だけど、B-Line が中心になってまわっていることは確かなようです。

 

 

 

 

その B-Line が倉庫業、あるいはセンター機能も果たしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、冷凍庫。

 

 

後から紹介されたが、ちょうど真ん中に移っている男性が CEO です。

 

 

 

常温製品はこちら。

 

 

 

 

 

 

 

この台車一台単位で契約できるそうです。

 

 

 

で、これがこの地で名を馳せているニューシーズンズマーケットの、グリーンホイールズだということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

NEW SEASONS MARKET が Local 商品を数多く品揃えできるのも、このシステムのおかげだし、

 

 

この仕組みが Community を形成しています。

 

 

街全体が、もちろん別な思考も志向も、従って嗜好を持つ方も暮らしておられると思いますが、

 

 

世界観を共有できるひとつのチームとして存在できていて、その HUB になっています。

 

 

つまり、私の言うテーマが SUSTAINABLE という事になります。

 

 

そして、その状態が全米一の住みたい街に選ばれる根拠なのだと思います。

 

 

 

 

 

さて、この建物の話しはまだ続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、何だと思いますか。

 

 

 

もちろん、キッチンです。

 

 

製造工場です。

 

 

ただならぬのは、このキッチンが共有スペースだというのです。

 

 

つまり、毎日作るほど売れない間は、このキッチンを時間借りして製品を作ることが出来るというものです。

 

 

ORGANIC の認定を受けているキッチンもあります。

 

 

VIGAN 対応も認可を受けています。

 

 

これは、すごいシステムで、ここで製造された製品をそのまま GREEN WHEELS に預ける事が出来るのです。

 

 

ここまで来ると、1 が 10 になるのはそう難しくはありませんが、

 

0 が 1 になる瞬間は、何が貢献したのかを知りたくなって質問してみました。

 

 

言いだしっぺは、ECO TRUST という NPO だということでした。

 

 

なるほど、そういう非営利団体の存在が大きいのかも知れませんね。

 

 

 

 

 

 

2階に上がると、シェアーオフィスということでした。

 

 

このオフィスなら、自宅で充分とも思いますが、自宅では不都合もあるのでしょう。

 

 

ここで、違う事業の人たちが集うことで、また新たな関係性が生まれ、新たなビジネスアイデアが生まれそうです。

 

 

 

 

 

 

 

こちらはオフィスの隣の部屋で、そのミーティングルームだそうです。

 

 

天井に注目ですが、この部屋は電灯を点けていませんでした。

 

 

太陽光を拡大する装置が付いていて、充分な明るさでした。

 

ただ、夜になる蛍光灯は付くと思います。

 

 

 

世界中からこの町に視察に来られるという事ですが、

 

 

 

 

さあ、果たしてどこまで帰って実現することが出来るでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.09.12 Thursday

9月9日 成田空港での出来事

 

 

 

 

 

これは9月10日 AM2:00ころの第2ターミナル1Fの画像です。

 

 

 

このターミナルにポートランドから帰国して到着したのが、9日 PM2:00 頃でした。

 

 

帰国の機内では出発直後、風の影響の少ないルートを選ぶとアナウンスがありました。

 

 

米国東海岸のハリケーンについては知っていましたが、日本の台風の大きさ、被害については全く無知でした。

 

 

 

ロビーに出てくると、何だかいつもとは違う雰囲気で、疲れた様子のひとが多く、

 

昨日の影響が未だ残っているんだという程度の印象でした。

 

 

 

乗り継ぎ便の JAL3005 16:55 フライトには充分過ぎる時間があり、

 

とにかく荷物を預けようとチェックインカウンターに来ました。

 

 

来ると、どういう訳か2時間半もあるのに私たちの乗る便が掲示板の一番上に案内されていて、

 

その便を含む以後の便の【 搭乗手続き中断 】 の案内がされていました。

 

 

どうして中断しているのか、説明も情報もありませんでした。

 

 

空は快晴で、風もありませんでしたので理由は分かりませんでした。

 

1時間ほど為すすべも無く待機していると、

 

次の情報は 15:30 に告知するとアナウンスがありました。

 

 

その頃には、会話はしていませんでしたが、同じ列の近くの人とは顔馴染みになっていました。

 

 

なので、列を離れて昼食をとろうと、レストランの階に移動しましたが、

 

どこも列を成して待っている人が多く、諦めて列に戻りました。

 

 

 

15:30 になるとアナウンスより先に、私たちの便を除いてそれ以降のフライトはすべて欠航と掲示板に出されました。

 

私たちの便は、搭乗手続き中断のままで、

 

その掲示板の説明アナウンスは、欠航の説明と私たちの便は「機材の最終確認をしています」でした。

 

 

欠航する便に予約を入れていた人たちも、不思議と落胆の声も無く、極めて平静でした。

 

 

10分ほど明けて、更に2度同じアナウンスがされました。

 

が、一向に搭乗手続きを再開する様子が無く、私たちの前にいた女性の二人組みは、

 

何でも、ロサンジェルスとマイアミのディズニーランドに行った帰りだという事でした。

 

フロリダ辺りにも大きな台風が来襲していて、ポートランドのテレビではしきりに放映していましたが、

 

その台風の影響で、せっかく遠くまで行ったのに、一日しかディズニーランドには行けなかったと嘆いていました。

 

二人の内、一人は搭乗手続きが再開されない事を不安がり、もしかしたら飛ばないのではないかと言い始めました。

 

私は、機材の最終チェックだと言っている限り、飛行機は用意されているので大丈夫だと説明しましたが、

 

彼女は納得しない様子でした。

 

 

 

 

さらに時間は経過して、よくよく見ると、既に預かっていた荷物のカウンタ奥のベルトコンベアーは停まったままでした。

 

カウンターへの待機の列は3レーンに分かれていて、そのどれもが長蛇の列に変わっていました。

 

私たちは、3005 便のレーンはこの列に並べと案内を受けて並んでいました。

 

 

 

 

 

17時なると、何やらカウンタースタッフがぞろぞろと出てきて、男性がアナウンスを開始しましたが、

 

正直言って、あまり要領の得ない内容でした。

 

ただ、欠航の事後処理についてのみでした。

 

 

で、ぞろぞろのスタッフが何かを始めたけど、どうも 3005 便 の件は忘れられている様子に気がついて、

 

ふと、掲示板に目をやると、いつの間にかその案内から便名そのものが消えていました。

 

 

 

それで、その何か始めた事について、別な女性スタッフが説明のアナウンスを始めたので、

 

私はそのアナウンスをしている女性の側に行って、3005 便はどうなったのかと詰め寄りました。

 

 

そうすると、アナウンスの途中でしたが、直ぐに口元からマイクを降ろし、

 

小声で、「 欠航になりました 」 と言った。

 

 

 

掲示板に欠航と出す事も無く、消しておいて、アナウンスでも、

 

【 機材の最終チェック中 】と私の耳だけで3度聞いたことに対する一切の説明も無く、

 

小声で「欠航」と聞いた瞬間、その狡さにスイッチが入ってしまい、私の声が大きくなりました。

 

 

自分の周囲で並んでいた、運行されると思っている 3005 便に乗るつもりの人たちのところに戻って、

 

直ぐに、欠航の情報を伝えました。

 

 

 

ここから頭はフル回転をし、何を要求すべきかの結論を出し始めました。

 

 

 

 

決まった欠航を覆す事など出来ないので、ゴネルつもりはまったく無く、

 

次に私たちが採るべき行動を考え、そのための条件を考え始め、その条件を引き出す事に集中しました。

 

 

ポイントは、その他早々に欠航が決まった便の人たちと、同等に扱おうとするJALに対して、

 

「 それはないよ 」 と認めさせることでした。

 

そのことを面倒なので、いちいちその列に報告に行く必要が無いように、

 

彼等にも聞こえるように声を大きくしました。

 

もっとも、周囲の反応は、私が思ったより大きな声になっていた様子でした。

 

 

 

その声に気づいた、その女性の上司らしき女性が現れ、『 私が対応します 』 と引き継ぐ意思を表現されました。

 

 

で、説明しようとしたが、どうも顔つきが自分達の落ち度では無いという風に見えたので、

 

しかかった説明を中断して、「 引き継ぐのは結構ですが、あなたは事態を把握されていますか 」 と訪ねました。

 

どうも通じたようで、自分の知らないことで私が声を大きくしている事に気づいた様子を見せました。

 

 

 

で、私の声の論点を手短に、今まで運行するようなアナウンスをしておいて、

 

欠航の知らせもなくて、その他の欠航の便と同等に扱おうとするのは、道理に合わないと説明しました。

 

 

それで、初めて私が大きな声を出している理由を招いたのは、天災ではなく自分達の対処のミスだと理解をした様子で、

 

私と同じ立場の人が、あの周辺にいると言うと、ようやくその場からみんながいる場所へ移動をしてくれました。

 

 

 

申し訳なかったが、自信たっぷりだった分、私の指摘に虚を突かれた格好で彼女はしきりに頭を押さえ、

 

自分の頭の混乱を抑えるよう努めている様子でした。

 

 

 

それで、彼女が引き出した答えは、カウンターでの事後処理はなく、

 

ひとをこの場に派遣して、また長蛇の列の後に並びなおすことなく、処理をしますということでした。

 

処理の内容は、欠航便の払い戻しを現金で渡し、さらに欠航した事に対して掛かる余分な私たちの費用は、

 

ひとり1万5千円を限度にその領収書を貼り付けて後日申請すれば振り込むとの事でした。

 

で、直ぐに同行の中澤に TAXI の状況を見に走ってもらいました。

 

事務処理が終わると同時に中澤が戻ってきましたが、5時間待ちだという報告でした。

 

 

 

どんどんと海外から到着するけど、

 

空港から出る手段は、自分の車を駐車場に停めているひとだけで、ロビーは人が溜まる一方でした。

 

 

 

ようやく、本気で情報を収集すると、どうも道路と鉄道が想像以上に駄目で、

 

空港に入って来るのも出るのも、道路という道路も車で溢れかえって、

 

空港に勤める職員、JALの運行スタッフも出勤できていない、帰れない、という状態が分かってきました。

 

どうも欠航の理由は、だからスタッフ不足という事のようでした。

 

 

 

私の決断は、【 明日の羽田発の飛行機に乗る 】でした。

 

 

息子に連絡をして、事情を話しして、明日の羽田 ⇒ 伊丹 の便を抑えてもらう事にしました。

 

 

幸い、11時30分と16時頃に空席があるという事だったので、11時30分を選択して、

 

予約だけではなく、購入まで頼み、その通りにしてくれました。

 

 

 

 

あとは、一夜を空港でどのように過すかと、これが最大の難関ですが、

 

【 11時30分に間に合うように、如何に羽田空港に移動をするか 】でした。

 

 

 

とりあえず、羽田への移動のバス切符のラインに並びましたが、

 

とても、長い、長い、列でした。

 

 

 

で、中澤に並んでいてもらい、それぞれ移動手段の様子を探りに、自分も歩き回りましたが、

 

どれも否定的な状況しか入って来ず、最終的に12台のみ限定で東京駅までのバスが出るという情報でした。

 

 

で、12台に乗れる人数を想像して、列の前から数えてみようと思い、チケット売り場まで行くと、

 

すでに、10台分は完売だという話しが聞けて、これでは人数を数えるまでもなく、

 

後は、群馬県の3都市と、栃木県の1都市に行く便のみということが分かり、

 

それを 3005 便の仲間 (この頃には仲間になっていた) に告げに行きました。

 

 

 

次は、JALのアナウンスで京成ラインが動き出すと言ったので、

 

その乗り口のある地下1階に様子を見に行こうとしましたが、

 

すでに1階で長だの列が出来ていて、その先まで行くと、B1に降りるエスカレーターが規制をされていて、

 

降りることが出来ませんでしたので、戻ってその状況も付近の人に伝えました。

 

 

もう、これ以上のあがきは無駄だと諦めて、【 私たちは今夜ここで夜を明かす 】と決め、他の判断をした人たちと別れました。

 

 

 

 

先ず、食料と飲料の確保と、ガスが切れたライターでした。

 

 

 

空いていそうな国際線の出発ロビー4Fまで行き、両替窓口の暇そうにしているおじさんに、

 

「 コンビニはどこにありますか 」 と聞くと、その場の近くの通路奥に 7-11があるということでした。

 

ただし、混んでいるよと付け加えてくれました。

 

 

それで、其処も当然長蛇の列でした。

 

欲しいものが無くなると困るので、中澤に順番待ちの列に並んでもらって、自分は買いたいものをカゴに集め、

 

入り口にそっと置いて、列で待っている中澤と交代するために列を下りました。

 

 

幸い、飲料も食料もこの時点ではあり、ライターもレジの奥に沢山ありました。

 

 

案外、レジの列はよく動き、15分ほどで買い物は終わりました。

 

後は、空きダンボール箱で、さっき目星を付けておいたマツモトキヨシに行くと、

 

 

やはり、もう無くなっていました。

 

 

 

やむを得ず、何となく昇ってきたエスカレータを逆に下ると、

 

床から一段高く、窓ガラスの手前にシングルベッドよりやや狭い幅の何というのか、

 

とにかく眠りこけても落ちなくて、しかも人が歩く埃を吸わなくても良い様な場所が目に入りました。

 

既に、日本人のおばさんが右端にひとり、真ん中に IT 関連であろうインド人がひとり、

 

左端に国籍不明の外国人がひとりいるきりで、おばさんとインド人の間に二人分のスペースは充分にあったので、

 

 

そこに、よじ登りました。

 

 

これで、ひと息つけると思い、何度か吸いに行った喫煙場所に行くと、

 

初めて行った時に話しかけられたベトナムから出稼ぎに来ている兄ちゃんも未だいました。

 

この兄ちゃんは、朝9時に成田について、ずうとここにいるそうですが、

 

突然、3年間の出稼ぎを終えたら帰国して結婚するんだと嬉しそうに話してくれていました。

 

彼等としばらく談笑していると、私たちの少し後にひとり並んでいた男性がタバコを吸っているのに気づき、

 

話しかけてみると、札幌まで帰るという事でしたが、とてもユニークな暮らしをしている内容を話してくれました。

 

プライベートなことなので内容はともかくも、話しが面白く、大きな荷物を2個抱えていて、

 

動きが取れないから、ここにずうと居て、眠くなればビーチ用の御座を2枚持っているので、

 

ロビー入り口のエントランスで、電源コンセントもあるからそこで寝るつもりだという事でした。

 

それなら、また来るよ、と声をかけ嫁が寂しがっているかもしれないから戻ると告げました。

 

 

 

 

戻ると、中澤は右端のおばさんと戯言を話ししていて、退屈はしていないようでした。

 

しばらくその話しに付き合っていると、JAL のスタッフがカゴ車に毛布らしき物を満載して目の前を通っていきました。

 

 

みんなに配るのだと思い、台から飛び降りて後を追い、嫌がるスタッフの言う事は聞かず、離れずについて、

 

エレベーターも、別に乗れと言うのにも耳を貸さず、一緒に乗り込んで行くと、

 

先の4階の国際線のPカウンター JALのところに行き着きました。

 

未だ配給する様子が無いので、その場でじっとしていると、

 

『 このおっさん、渡すまでここを離れない、うっとおしい 』という様子で、

 

仕方なく、「 いくつ要りますか 」 と聞いてくれた。

 

すかさず、「 妻の分とふたつ貸して下さい 」と言うと、はい、はい、と

 

 「 でも、未だ配る前だから目立たないように持って行って下さい 」 と言われました。

 

 

 

 

ふたつ抱え、エスカレータをふたつ降りて、寝場所に戻りました。

 

 

 

その右端のおばさんは、犬のコンクールの何とかいう協会の理事をしていて、

 

そのコンクールが世界中であるので、その審査にあちこちの国に出かけて、今回はマニラの帰りだという事でした。

 

審査の基準は何かと問うと、各血統の特徴を忠実に再現している事がポイントで、歯並びまで見るということでした。

 

 

その仲間に電話をして、迎えに来てもらえることになって、明日新幹線で浜松まで帰るということでした。

 

買い貯めていた食料と飲料の中から、水と柿の種小袋とシュークリームを分けたそうです。

 

なんとこのご婦人は、身軽になるために早々にバッグは宅急便に預けたと言っていました。

 

テレビでよくこういうシーンを見るが、人は誰しもこういう場面に出くわす可能性は一様にあるもんだとか・・・

 

 

で、結局、千葉の松戸から成田まで5時間ほど掛かって、10時頃に迎えが到着したと去って行きました。

 

 

 

 

残された二人は、2階のこんな感じの場所で、これ以上する事が無くなった。

 

暇で人に親切にするくらいしか、することが無かったが、それもこれで本日終了という訳です。

 

私の心づもりは、どうせ2時間おきに目が覚めるだろうから、今から眠れば12時と明けた2時に目が覚めるので、

 

【 2時にここを離れて、バスのチケット購入列に並ぼう 】でした。

 

 

サンドイッチ半分ずつと、2個買っておいたコロッケをひとつずつ食べて、眠ることにしました。

 

 

 

12時に目が覚め、たばこを吸いに行くと、

 

ベトナムのグループは、4人から2人に減っていたが未だいました。

 

札幌の兄ちゃんは、予定通りエントランスで寝ていました。

 

同じ札幌に帰るという大人しそうな女性は、一人ぽっちだったので会う度に何度か一緒にと誘っていましたが、

 

ここで、ツアーで一緒になって、逸れてしまったひとを待つと言っていて、私たちがいる場所だけを告げておきました。

 

そのひとも、何処かいいところを見つけたのか、いなくなっていました。

 

 

 

もうひと眠りする事にして、毛布と思っていた寝袋のおかげで、ぐっすり眠れました。

 

途中で、その寝袋はどこでもらったのかと、不満そうに話しかけて来たおばさんがいましたが、

 

事情を説明して、未だ通る可能性がありますよと言ったら、その方が去った後で案の定、寝袋のカゴ車が通りました。

 

でも、その方は諦めていたのか、そこにはおられませんでした。

 

 

 

 

目が覚めて2時になっていることを確認して、バスチケットのラインを見に行くと、

 

想像通り、100人ほどが居残って並んでいるのみでした。

 

これなら、始発から羽田行きのバスが動けば、20分おきだから必ず乗れるし、

 

もし、道が未だ混んでいても、11時半のフライトには間に合いそうだと思い、

 

眠っている中澤を起こして、予定通りバスのチケット売り場の列の末に寝袋を敷いて寝転ぶように言いました。

 

彼女の携帯の電池が35%くらいで不安になっているので、電源を探しておいたところへ私は行きました。

 

 

 

その電源の場所は、札幌の彼が寝ている隣の出入り口のエントランスですが、

 

おあつらえ向きに、空港内を移動する車椅子が一台置いてありました。

 

 

そこで私の携帯と2台コードを繋いで、目立たないように散って来ていたチラシで覆い、

 

エントランスを出たベンチで退屈そうに時間待ちをしていた、

 

中近東の瘦せたおじさんと目が合うとニコッと笑ってくれていたので、

 

その彼に、せめて何か飲料を販売機で買って渡そうと、販売機に行くと、売れ切れではなさそうなのに、

 

出てきませんでした。

 

 

並んでいる他の2台も同じ状況でした。

 

申し訳ないなあと思いましたが、声を掛ける勇気もなく、仕方ありませんでした。

 

 

 

充電待ちをしている間、ポートランドで知り合いが書いた本を貰って来ていたので、

 

読んでみると大事なことがいっぱい書かれていて、思わずリュックからペンを取り出して、大事な場所にメモを書き入れて、

 

小一時間読み耽っていました。

 

 

 

そろそろ充電も充分と思えるところまで来ました。

 

私の携帯は、最近電池交換をしたばかりですが、中澤の携帯より充電スピードも速く、進化している様子だった。

 

 

 

寝袋を敷いたところに戻って、残っている食料を確認すると、充分過ぎるくらい残っていて、

 

三つ買ったサンドイッチの残りふたつのひとつを半分ずつ食べたが、もうひとつは隣に並んでいる、

 

若いペアのアジア人に渡すと、怪訝な顔でサンキューと言った。

 

 

 

食べても、もう一度眠る気にもなれず、目が覚めてしまっていたので、

 

また、外に出て、喫煙しながら様子を見ていると、タクシーが大外の道路を通った。

 

 

雰囲気的には、状況が変わっていそうなのが分かったので、

 

昨夜、タクシー乗り場はバス停30番の向こうの喫煙場所の前と札幌の彼が話していたのを思い出して、

 

様子を見に行くと、やっぱりタクシーが少しずつ入ってきていて、並んでいる人は10組程度に見えた。

 

タクシー代は大体想像がつくし、1万5千円はJALが補填してくれるので、ふたりで3万円で間に合うと思った。

 

 

すぐにバスチケットの列に帰り、中澤にタクシーが走り始めている様子だから、

 

方針変更をして、タクシーの列に移動をすると告げ、すぐに荷物を整えるように話しした。

 

中澤は、化粧をしたいとか言い出し、のんびりしているが、そうじゃなくて一刻が百刻になると急かして、

 

タクシー乗り場の列に移動をした。

 

私たちの前に並んでいたサンドイッチのペアーに、タクシーに並ぶ事を告げ、

 

お別れに、持っていたピーナツをひと袋手渡すと、『 ありがとうございます 』 と今度は日本語が返って来た。

 

『 えっ、日本人だったの 』 と言うと、ニコッと笑っていた。

 

 

 

 

まだ10組程度待っている事は変わっていなかったから、この間一台も来ていないことは分かった。

 

分かったけど、そのタクシー乗り場の向こうの大外の道路はタクシーが停まっていて、

 

そのタクシーに声を掛けると、すでに私と同様、嫁を呼んでくるから必ず待っていてくれと言われていると断られたので、

 

タクシーは、規制が厳格なので、このタクシー乗り場には入れないだけだと理解した。

 

 

しばらく待っていると、後ろには更に20組くらい列が長くなった。

 

中澤が、『 羽田まで二人で乗るのは勿体無いから誰か誘ってあげようよ 』言うので、

 

確認すると、『 だって、こういう時は一台で効率良く利用した方が・・ 』 と言う。

 

それなら、札幌の彼も羽田から夕方の便で札幌に飛ぶことが出来ると言っていて、

 

一旦、茨城までバスに乗って、そこから羽田行きのバスに乗って引き返すつもりだと言っていたから、

 

彼を乗せてやろうと、寝ているところまで走って行き、起こして事情を話すと、

 

寝ぼけていたが事情は素早く察知して、同乗したいと言うので、慌てなくてもいいけどタクシー乗り場で待ってる、

 

と言って、また小走りで戻った。

 

その間に遠目に2台は乗せて走っていたのを目撃している。

 

時計を見れば3時半を少しまわっていた。

 

 

しばらくすると、カートに荷物を乗せて彼がやって来た。

 

ふたりでボンヤリしていると、大外のタクシーと話ししている男性が、こちらの列に向かって手を振った。

 

そうすると、私たちより後ろに並んでいた奥さんらしき人が、そのタクシーに向かって走り出した。

 

ふたりで、一人は列に残り、一人が大外の道路で来るかもしれないタクシーを待っている作戦の様子でした。

 

 

 

で、私たちもこれに倣い私が大外で待つことにすると、一台タクシーが入ってきていて、

 

先のひとが何やら、交渉しているようだったが、これが決裂しそうな雰囲気だったので、

 

そのタクシーが前に停まっている2台の一般車両を避けて右側車線を走ってくる様子を見て取り、

 

逃さぬように、その車線まで出てそのタクシーを止めた。

 

 

 

『 羽田空港まで乗せてほしい 』 と言うと、OKだと言う。

 

連れがタクシー乗り場にいるから、呼んで来る間待っててくれるように念押しをして、呼びに行った。

 

トランク部分にそれぞれのキャスターバッグを詰め込んで、私たちが後部座席、札幌の彼が助手席に乗った。

 

 

深夜割り増し料金が終わっているとドライバーさんは言ったので、はじめて5時を過ぎている事が分かった。

 

 

前日の14時過ぎから、一夜明けて5時過ぎまで、15時間成田空港に留まったことになる。

 

 

疲れは無かったかと言うともちろん疲れたが、昂揚している気分も手伝って体力はもう少し残っていた。

 

 

 

 

勝手知ったる羽田空港なので、どこに何があるか把握をしているので、そこに停めてもらった。

 

先ずする事は朝ごはんで、そこは釜で炊いた御飯を出してくれる、その名も朝ごはん屋で、

 

三人で鮭ごはんを食べた。

 

 

ようやく、落ち着いた。

 

 

それで、チェックインの列に並んだ。

 

ここも大勢の人が並んでいたが、揉め事ではなかったのですんなりと列は進み、10分ほどでチケットを手にした。

 

 

同行の札幌の彼も、夕方の便から12:30の便に繰り上げることが出来て喜んでいた。

 

 

カウンターの男性にクレジットカードで入れるラウンジを聞くと、最近出来たパワーラウンジがいいと教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

たしかにこんな感じの良い、落ち着ける空間で、約4時間待機出来る事になった。

 

同じ空港でも、成田とは大違いだと、三人でそれなりに上手く渡りきった満足感に浸っていた。

 

 

 

あれだけ旅に憧れてきたが、寝るところがあり、ご飯が食べられて、お風呂に入れることが、

 

よろこびと感じるようになってきた。

 

 

 

 

札幌の彼とはすっかり意気投合し、これからも仲良く付き合っていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.09.07 Saturday

Mt.Hood

 

 

 

 

 

 

山は遠くで見るもの。

 

 

こんな言葉があったかどうかは分からないが、目的の山に登り少々がっかりして、

 

下山中に、どういう意味があったのかは分からないファームマーケットに寄り、

 

其処の庭から、となりのシアトルにある Mt. Rainier がうっすら綺麗に見えるので、撮ってきた。

 

 

実は、途中この山に登れるのかと錯覚していた。

 

 

 

車窓から現れたこの山は、いつまで経っても近づくことは無く、本当に日帰りで着くのかなとは思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、申し込んだツアーは滝巡りで、最終山頂近くのロッジまで辿り着くというもの。

 

 

こんな滝を、近くに車を停めては、滝つぼまでミニハイキングをする。

 

 

それはそれで、結構気持ちのいいもので、

 

 

ただ、自分たちだけではないので、

 

 

ペースがつかめない。

 

 

 

ホテルから10分ほど歩いて、待ち合わせ場所に行くと、二人きりだろうと予想していたのに大勢が待っていた。

 

 

 

コース別になっているのか、順番にやってくるバスに乗って、

 

 

私たちは3台目に乗った。

 

 

乗ってみると5組の、現役は終えましたという年代の夫婦連ればかり。

 

 

 

ひとりだけ、面白そうと言うか、殆んど子供のままの亭主がいて、ひとり楽しんでいる風だった。

 

 

 

 

 

 

 

朝のうちは、未だ雲が多く残っていたが、ところどころこういうスポットで、景色を楽しむ。

 

 

 

 

 

 

 

これが最終目的地のロッジ。

 

 

 

たしかに、雪に埋もれた時期に泊まってみたい気もする。

 

 

 

 

 

 

 

登るのだろうと思っていた山は、なんと遠退いている。

 

 

そこで事態をようやく把握したのだが、途中の車中のガイドの説明は、

 

 

早口すぎて、跳びとびにしか耳に入ってこないし、未だ時差ボケだから眠ってしまうし、知らなかった。

 

 

 

何だかがっかりして、もう帰ろうと駐車場をうろついていると、不意にロッジの後ろに山が見えた。

 

 

 

なんと、工事中の山みたいだった。

 

 

 

それでも、記念の写真を撮ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

これで、今回のお遊びは終わり、後の二日間はお仕事が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

2019.09.06 Friday

フードトラック

 

 

 

 

時間は遡るが、街をプラプラしても落ち着けず、歩くのも面倒になったので、

 

通りすがりのスターバックスに寄った。

 

 

ドーナツでも食べようかと思ったが、

 

なんとショーケースの中はハエが屯していた。

 

これにはさすがの自分もびっくりした。

 

 

 

座ってアイスモカを飲んで、道路淵でタバコを吸わしてもらって、ようやく落ち着いた。

 

 


 

 

すると、見知ったパイオニア・スクウェアに出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

『 フライエッグのサンドイッチ 』 屋さんで買うことにして、

 

同行のサエチャンに何か適当なのを買ってきてよと頼んで、自分は近くの椅子に座ってリラックスしていた。

 

 

お兄さんに、お勧めは? と聞くか、

 

売れ筋は? と聞くか

 

迷ったらしい。

 

 

いい迷い方だと思う。

 

 

似たようなものだが、一見の場合はまったくちがう。

 

で、相手が応えたのが『 ヨーコ・オノ 』 だったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

バジルソースにパティと目玉焼きが挟んであった。

 

ふたりでひとつで充分。

 

美味かった。

 

 

 

 

 

それで、気を取り直して向かいのショッピングビルで用を足した。

 

眼の合った若いセキュリティーを無視して、案内板のところに来ると、着いてきていたのか、

 

やさしく、質問に応えてくれて、おまけに分かりにくそうにしていると、見えるところまで案内してくれた。

 

そうそう、年寄りには親切にするものだ、彼は見込みがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.09.05 Thursday

コロンビア川

 

 

 

 

 

 

今日から Portland に来た。

 

 

飛行機も遅れることなく、定刻の朝9時過ぎに空港に着いて、タクシーでホテルに入った。

 

 

 

時差の上、8時間以上も地上から1万メートルほど離れて猛スピードで飛んできたので、

 

耳も頭も休止状態で、フロントの女の子の英語に着いていけない。

 

もっとも、この女の子は気が効かないので、

 

相手の状態などお構いなしで、

 

単に英語が理解できない程度にしか思っていない。

 

 

旅人のおもてなしなど、毛頭頭にない結構毛だらけ猫はいだらけみたい。

 

移民の国が、移民を馬鹿にしているようなあどけなさが、何とも言えない。

 

 

それで、キャスターバッグを預けて街に出ることにした。

 

リュックからキャスターバックに今日当面不要な物を移していると、

 

ポーターが来て、また身勝手なことを言い始めたので、声をきつい目に後にしろという意味のことを言って追い払った。

 

 

 

 

それで、テクテクと歩いて街に出た。

 

 

今年の5月と同じホテルに泊まっているが、その時はひと任せにしていたので、

 

知っている街だが、何処を歩いているのか分からなかった。

 

で、今回は去年来たときに把握をした場所を基点に今年の場所を把握して、

 

少し、縄張りを広げていく事にして、何となく落ち着いた。

 

 

 

 

泊まっているところが、こんなに川沿いだったとは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.09.03 Tuesday

世界一のスイカ農園

 

 

 

 

 

 

申し上げようもございません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.08.30 Friday

お友達

 

 

 

 

 

きんつばは、大好物である。

 

 

 

ことしの4月、『 金沢に美味しい寿司屋を見つけたから、お寿司を食べに来て 』と言われ、

 

それなら、『 京都にも来てよ、鉄板焼きでも食べよう 』 とお誘いし、それが7月と一昨日実現した。

 

 

 

 

 

さすがに、美味しいお寿司だった。

 

 

やっぱりお寿司は、漁師町で食べるものだとこの歳になって初めて気づかせてくれた。

 

 

寿司が好きなのか、魚が好きなのかの違いということも教えてくれた。

 

 

 

私が野菜を説明するように、魚が育つ魚場から説明をする彼で、なかなか論理的で話しが面白い。

 

 

 

お土産をちゃんと持ってきてくれた。

 

私は、このお土産を持参するという事が苦手だ。

 

 

しかも、知らぬはずなのにちゃんと好物を持ってきてくれる。

 

これは、そういう習慣がないと済ましててはダメだと思う。

 

 

 

普段から、お土産という観念を持って物を見ていないと、イザという時に気に入ってもらえそうなものを探せない。

 

 

 

今年の梅雨は空っぽだったので、帳尻を合わせてくるのは分かっていたけれど、

 

 

連日気圧が低く、しんどい。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.08.28 Wednesday

めざせ Willie Nelson

 

 

 

 

 

 

 

2019.08.26 Monday

信用スコアー

 

 

 

 

 

以前にも、似た様なイラストを見た覚えがある。

 

 

先日訪問した上海では、このようなことが実際に話しに出ていた。

 

 

信用スコアーの基礎になるのは、「 評価 」。 

 

 

怖い事になりそう。

 

 

何故、何処の国の政府もアプリ決済に優遇措置を取るかと言うと、

 

 

この「 評価 」 システムが新しい支配の、ネタになりそうだから。

 

 

神・お金・評価 となかなか心の隙間を突くのが上手い連中だわ。

 

 

 

 

新幹線に乗ると、いつも雑誌が置いてあり、それを読むとひとつふたつは読むべき記事がある。

 

 

 

 

最近、アチコチ文章を書く機会が多く、なかなかこのブログがお留守に成ってきた。

 

 

 

 

今日書いているのも、実は最近心臓が寝ている間に痛むことがあるので、

 

 

どの程度の頻度で起こっているのか記録する必要があるから書いておく為。

 

 

お腹周りが大きくなってきたので、心臓にも脂肪がつき始めているのか。

 

元々、心臓の一室は肥大していると小学校の頃から言われ続けているので、その肥大がひどくなったのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

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