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2019.06.12 Wednesday

色使い

 

 

 

 

デザインの要素で、何が重要かと思うに、色使いと構図かな。

 

 

 

私自身、淡い色使いが好きなのだが、淡いと薄いは まったく違う。

 

 

 

目下売り出し中の Bio Ice も先日東京のお客様に、うちの店に似合わないデザインだからと断られた。

 

 

 

分かるような気がする。

 

 

 

先日、レジ近くで展開してくれていたお店でも、まったく目立っていなかった。

 

 

 

あのフェラーリの赤を生み出したイタリアの製品だが、何ともなあと思う。

 

 

 

別に悪くは無いんだが、少し時代が早いのかもしれない。

 

 

 

いいものはいつの世にもいいとは言うものの、である。

 

 

 

この ロシクタン という化粧品メーカーは世界的に成功しているらしいが、

 

 

 

その色使いでも、数ある化粧品会社の中で独自感がある。

 

 

 

そのように思えば、百貨店の化粧品売り場の中には入っていない。

 

 

 

どこにテナントで入っていても、必ず同じ色使いの店を作っていて、什器も同じものを使っていて、

 

 

 

色使いそのものが、アイコン化していて、化粧品に興味は無いがいつも上手だなあと思う。

 

もっとも中身も、食品と同じように原材料をトレースしていてその出自を明確にしてパネル化してある。

 

逆に、食品販売の店の方が学ぶべきポイントが沢山あるような気がする。

 

 

 

色には、時計のように円形に並ぶ順序があるのだろうと思うが、その対極にある色を調和させるのが上手だと思う。

 

 

 

 

最近、洋服を買うとき、ほとんど色が無くなってきている自分に気づいていて、

 

 

地味なのはいいのだが、楽しみが薄くなっていて、つまらなくなってきた。

 

 

ひとつの要因は、髪の毛が白くなって来ている事にもあるように思っているが、

 

 

紺に始まって紺に返るとは言うものの、もう少し遊び心が欲しくなってきて、暮らしに遊びが無くなって来た。

 

 

これはマズイ。

 

 

 

 

あれだけ遊び続けたのに、すっかり真面目一本槍になってきた。

 

 

 

 

反省してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.06.08 Saturday

帰国

 

 

 

 

 

 

道教に包まれた中国を見てきた。

 

 

 

北京の空気は、清んでいた。

 

 

 

朝の未だ陽が昇りきらぬ間に外に出ると、人の時が今から動き出すという間に、

 

 

最初に目覚めるのは、木々の葉っぱ。

 

 

何を吸って、何を吐き出しているのか、間もなく鳥がさえずりを始める。

 

 

空気の良さは、木々の葉に拠るものだと、思いながら吸うタバコは事の外うまい。

 

 

むかし、福島の山をいくつか越えて、隣に棲む仲間のところに行ったときの味を、

 

 

こんな都会の真ん中で吸うことになるとは思いしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

紫禁城の外は中華民国、今は中華人民共和国。

 

 

かるく、4〜5百年をひと跨ぎするような錯覚に襲われる。

 

 

 

西の方の国も、東の方の国も、所詮は太陽の水素が燃え尽きるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.06.07 Friday

北京四日目

 

 

 

 

 

東華門の外でバスを降り、内堀沿いに正面の午門から入るために散歩がてらに歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その外側のこの角楼は、日本の城でいう櫓のような建物かと思うが、高さが分かればと思って撮っておいた。

 

 

 

これだったら、石垣の方が未だ積みやすいかもしれないけれど、ここは砂漠のオアシスみたいなところだから、

 

石そのものが無いのだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

さて、いよいよ紫禁城内に入る。

 

 

 

 

これは、午門の内側。

 

 

 

 

 

 

で、大和殿。

 

 

どちらかというと、この建物は政権外部に対して告知する場所のようなイメージなのかもしれないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

そうなると、本当に仕事をするところは、その奥の【乾清宮】なのかな。

 

 

 

殿から宮に名前が変わるので、もっと奥深いところの執務をここで執り行うのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

その宮の玉座に掲げられた額、【正大光明】が、今回一番見たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左が清王朝の始祖、ヌルハチの肖像として書かれたらしい。

 

 

印象は温厚な感じがする。

 

 

中国東北部、満州という名前は、文殊菩薩から単を発したとする説があるらしい。

 

真意は分からないが、何となく音の響きが似ていることと、清の思想的根拠が文殊にあるような気がしている。

 

 

 

なにも、自分の名に【 清 】の一文字が使われているからでもなく、この帝国に興味津々。

 

 

 

文殊といえば、『 三人寄れば文殊の知恵 』なる言葉を親父から教わったが、

 

毛利家の三本の矢とともに、それは幼稚園にも行く前から説教されていたように記憶している。

 

 

 

 

 

 

 

これらの思想的背景が、般若心経に通じているような気がするが、

 

そう考えれば、般若とは智慧を意味するらしいので、あながち夢想でもないかもしれない。

 

 

この始祖は、東北部・満州の安寧だけで満足すべきだと考えていて、その息子の二代目も父親の考えを踏襲する、

 

この、何と表現すればいいのか分からないが、親の考えの範囲を出ない価値観は確かに特徴的にある。

 

その血が、自分にも流れているようにも思え、実は同じ文化の薫陶を受けて社会を織り成しているのがアジアかもと思う。

 

 

 

それでも、その親父に選ばれた二代目は、長城を超えて南下しようとする兄弟に弑されてしまう。

 

単なる権力争いではなく、自分たちが負っている使命に対する志の問題として、次に続いていく。

 

 

 

父親を弑された三代目福臨(フーリン)が7歳の時、長城を超えて明国と戦いながら、紫禁城を目指す。

 

 

一国が衰退し、次の国に変わっていくときは、必ずいろんな勢力が出てくるが、

 

李自成は、結局農民一揆から、明と清が戦う間に紫禁城に入ったが、統治の困難を悟って矢を一本放って立ち去る。

 


 

然る後、三代目福臨が順治帝なる。

 

 

ここまで代を下がれば、漢語も身につけてくる。

 

 

征服を旨とせず、『 我が勲しは民の平安 』 とだけ念じて都を目指した限り、

 

服従させるのではなく、和する事を以って統治していく。

 

その為には、すべてを明のしきたりを踏襲し、そのため再建した先の乾清宮の額に、

 

7歳の順治帝が、正大光明 と書いたらしい。

 

 

こんな字を書ける7歳も大した者だが、そこから更に三代下がったヌルハチの右の肖像画、

 

乾隆帝弘暦だという。

 

 

意外と細面なのに驚いたが、この乾隆帝の代で大清帝国はその範図を完成させた天才だったらしい。

 

 

 

今回の紫禁城は、前日に団体行動にに勤めよと釘を刺されているので、

 

見たい箇所は、行くかどうかを馬さん聞いたが、ことごとく行かないとのことで、あっさり諦めていた。

 

 

 

ところが、それでは気の毒だと思ったのか、馬さんが李さんに案内してくれるように頼んでくれた様子で、

 

 

私を李さんが案内してくれた。

 

 

ありがたいやら、申し訳ないやら。

 

 

みなさんは、珍宝館という外国からの貢物を展示したところに行くというから、

 

後で追いつければいいや程度の認識でいたが、何とそこは更に有料らしく、入り口付近の休憩所で待ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな感じが並んでいた。

 

 

 

 

そこも通り過ぎ、いよいよ神武門から出て行こうとする道すがら、

 

 

 

 

 

こんな松が植わっていた。

 

 

なんとも不思議な樹だった。

 

 

おまけに、こんな立派な木が手を触れられるんですね。

 

 

ちゃんと見ると、誰も手を触れていない様子で、結局私たちだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

後は、この景山を望む神武門から出て行くだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.06.05 Wednesday

北京三日目 その2

 

 

 

 

 

 

診察が終わったのが、13時過ぎで、思ったより患者さんが多かった。

 

結局、病気の殆んどは生活習慣病のような気がするので、生活全体を改善をすれば、

 

というより、治るまで生活習慣を彼此自分で発見して修正していくしかないのかもしれないと思う。

 

ただ、ひとりだけ、心配な彼女がいた。

 

彼女の事だけは、心配だったので、路さんにお願いしたが、分かってくれただろうか。

 

 

立ち合わせてくれた御礼を言って、近くのショッピングモールで昼食をして、地下のスーパーに寄ってみた。

 

 

昔の乾物屋さんみたいのエリア。

 

 

一緒に行ったひとたちは、沢山買い物をしていた。

 

その日の前に寄った茶館という、お茶さんがそれこそ100軒ほども入っていそうなところでも、

 

大量のお茶を買っていて、ああやっぱり女の人は買い物が好きなんだと改めてそう思っていた。

 

薬膳の勉強をしているときの真剣さと、どちゃこちゃない真剣さに、可笑しく笑ってしまった。

 

 

 

 

それで、頤和園という清の皇帝の避暑地に散歩に行った。

 

もう暑くて散歩というほど優雅なものではなかったが、そこは優雅を越えて栄華の塊りみたいな贅を尽くしたところだった。

 

 

 

 

 

 

 

写真では、池にしか写らないが、実は湖という規模。

 

昆明湖という名前らしい。

 

 

途中で、休もうよという声に、それならもう少し行ったら、湖岸に出るからと、

 

確かに、湖面を渡ってくる風が、少々気もち良かった。

 

 

 

気持ちよくなったので、眼前の景色を撮ろうと、みんなから離れようとすると、

 

ガイドの馬さんが、『 何処行くの 』と集団から直ぐに離れてしまう自分を叱りつけた。

 

仕方がないので、『 ウェ〜ン 』 と泣いて見せたが、許してもらえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前ぶれの話しでは、この船に乗って帰るように思っていたので、

 

ひたすら、この船着場を目指したが、なんと、素通りしてしまった。

 

 

 

ようやく、建物のあるところまで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

皇帝というのは、仕事をしないのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 

政治の中心が皇帝だという。

 

 

中国の麗しき伝統に『 文治主義 』 というのがあるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.06.04 Tuesday

北京三日目 

 

 

 

 

 

中医薬四大医師のひとり、名前を教えてほしいとお願いしたら【 孔伯華 】 だって教えてくれた。

 

 

訪れたのは、

 

 

 

 

 

 

という、路さんが開業している中医薬の医院。

 

 

路さんのお父さんも【 国医 】 ということだが、もっとも国医自体がよく分からない。

 

 

日本で言う医師免許程度のことなのか、それとも国が選ぶ名医師の事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

その診察に同席させてもらえた。

 

 

午前10時頃から、13時くらいまで、全部で8人くらいだったか、

 

問診をして、舌を見て、脈拍を感じて、漢方薬を処方して、様子を見るの繰り返しなのかな。

 

 

 

最初にお会いした患者さんは、60歳前くらいのお父さん、息子二人が同行していた。

 

 

たしか、四肢が痺れて力が入らなくて、この数年難儀していて、西洋医学の病院で、

 

あらゆる検査をしたが、その原因が分からないとのことで、来ておられた。

 

 

問診の会話をかいつまんで、日本語に通訳してくれて、なんとなく遣り取りが分かる。

 

西洋医学的には、原因不明の難病ということになる。

 

 

15分ほど続いたが、横から見ている限り、さほど深刻な病人には見えない。

 

それなりに高度に進んだ西洋医学で分析しても、それらしい異常が見つからないという事は、

 

五臓六腑は果たすべき機能を果たしているという事になる。

 

ただ、命の活動は、それらの器官の機能システムが働いているだけで成立している訳ではない事は分かると思う。

 

 

生物の命は、機械じゃないのでパーツが機能して、その連携が正確にとれていれば大丈夫という物ではない。

 

よしんばそうだとしても、動力つまり動くエネルギーは何なんだという事になる。

 

 

それは、【気】というエネルギーだって事は分かるけど、ではその気とは何なんだって。

 

 

 

このことと、無から有が生まれる事は同じ事だと思っているが、それは気体のように実態がつかめない。

 

ということは、考えられる限りの可能性を探っていって、要因をつかみ、改善していくしか治療は望めない。

 

 

私は、このお父さんの要因に、先祖が絡んでいるのではないかと思う。

 

息子二人が、本当に心配そうに随伴していて、とても印象的だった。

 

これだけ、一体となった男親子三人というのを見た事がない。

 

 

ということは、すでに亡くなっているであろうお父さんのお父さんや、おじいさんとも同じ関係だったのだろうと思う。

 

 

ストレスが病の原因と書けば分かりやすいかもしれないが、ではそのストレスとは何事かと考えると、

 

殆んどの場合が実態のない精神的軋轢という事になる。

 

その軋轢は、自覚していてもいなくても、結果は同じだという事も、亦分かると思う。

 

 

 

そのように考えると、この今を生きてる三人の男に、すでに亡くなっているであろう先祖のだれかが、

 

何かを求めていて、その求められている事に対して無自覚であっても不思議では無い。

 

私には、いままで二度先祖が私の周りに出てきたことがあるが、

 

一度は、よくぞ !! と礼を言いに出てきてくれて、

 

私の周りでお祭り騒ぎをしていた。

 

もう一度は、

 

お前のやっている事は正しい、

 

そのまま突き進めばいいと応援にみんながやって来た。

 

 

 

私が知っている唯一の先祖との会話の方法は、

 

般若心経を写経して燃やしたり、水に流したり、土に埋める事だが、

 

墓参するとか、何らかの方法で、耳を傾ける事も無駄じゃないような気がする。

 

もちろん、処方の漢方薬を服用する事も大切だが、もう少し暮らし全体を見直してみる機会のように思った。

 

 

そのことで、身体の痺れが緩和するかどうかは分からないが、する価値はあると思う。

 

別に本人じゃなくても、息子二人のどちらかでもいい。

 

 

 

そんなことを想いながら、診察を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの中の誰に処方するのか知らないけれど、包みが十あるので十日分なのかもしれないけれど、

 

すごい量だ。

 

ひと月分かな。

 

 

これだけを鍋に煎じて、其れを飲むのかな・・・・

 

 

 

ちなみに、ひと月分の漢方薬の価格は日本円で 2〜3万円だとのことでした。

 

 

 

今日は、日帰りで東京に行く。

 

何度も、日帰りで疲れきって後悔しているのに・・・

 

 

 

 

2019.06.02 Sunday

北京二日目 その3

 

 

 

 

 

『 白雲観 』 いわば道教のメッカみたいなところ。

 

 

三跪九叩頭をするひとたちに見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな姿をカメラに収めるなど、憚られとても出来なかった。

 

 

この国の文化風習に育った人たちを見ていつも思うのは、

 

敬に対しては、すごく礼を重んじるのだが、

 

こと人に対しては、憚る事をしらない。

 

浅田次郎は『 礼を重んじるが行儀が悪い 』 と書いていた。

 

 

まあ、そんなことは瑣末な事で、何よりも自然に対して礼を重んじる姿が半端じゃないから、

 

この、道教も深く掘り下げられたのかもしれない。

 

三教というが、インドから伝来した釈迦の仏教、孔子の儒教、老子の道教。

 

 

 

で、その事は別にして、この堂に入って手を合わせたら、すごいエネルギーがあって、

 

すんなりと違うところに行けて、気持ちいいのでそのままにしていたら、

 

どうも、目に入ったのか導師の見習いのひとが、鐘を鳴らしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

何故見習いと思うかというと、白の道着を身にして、こんなお手本の字を練習していた。

 

未だ上手に書けませんって顔で、恥ずかしそうに手本を見せてくれた。

 

きっと、ここで寝起きして、生活丸ごとこの寺に置いているんだろう。

 

何か道を見つけないと、なかなか堪えられそうにも無い日々だと思う。

 

 

 

 

で、釈迦や孔子に無くて、老子にあるのは『 宇宙観 』 だろうと思う。

 

ネットで探してみるといいのがひとつあった。

 

 

 

 

 

上から三段目までが、陰陽五行の世界。

 

 

今回、路さんが上手に説明をしていて、

 

無から有が生まれる間が『 陰陽 』で、物質が誕生してからが『 五行 』 だと。

 

 

 

 

 

 

でこの図、会社が中医薬・薬膳料理を目指したときに最初に中澤が抜き出してきた表。

 

 

 

般若心経に、『 無眼界乃至無意識界 無無明亦無無明尽 』 と出てくるが、

 

これが陰陽の世界観で、有限の世界観は五行になる。

 

有から有は生まれる事が無く、有から有は変化するに過ぎない。

 

その変化の法則を著しているが五行の表で、その変化は訳も無く発生する訳ではなく、

 

そこに、原理成るものが存在し、その原理は宇宙の摂理に支えられていて、農業はこの摂理の化学的要因に拠って支えられている。

 

 

これが、中医薬の根本思想・哲学になっているが、マクロビオティックは陰陽に固執し、中医薬は五行に固執している。

 

もちろん、断言を批判するむきはあって当然なのだが、ここがなかなか難しい。

 

何故、この様に残念な中間結論になっているかは、翌日のありえない体験をさせてもらった事による。

 

 

 

事実、その路先生に、無から有が誕生するその瞬間の因果関係の話しをしてみたが、

 

明確な応えはなかった。

 

ただ、量子の話しは出てきたので、うまく表現できないだけかもしれない。

 

要は、『 量 子 』が物質の一番『 無 』に近い存在だと言うのだが、

 

それでは答えになっていない。

 

私の答えは『 気 』 だが、こんな事は23歳の時に気が付いた。

 

気がついたが、これという明確な根拠が持てないので、その話し相手を以来探している。

 

今回、その相手に一番近い方が路さんかも知れないと思っただけだ。

 

 

ただ、路さんは五行の原理についての理解は分からないが、

 

法則という知識は持っておられるだろうと思うし、その知識が知性に替わり始めているようにも見受けられ、

 

実際、最初の会食中に『 五十を過ぎた当たりから、知識に繋がりが出来てきた 』 と話しされていた。

 

この感覚は、自分にも起こっていて、よく理解できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんな寂しい旅の話しはさておき気分治しに、巷の話に戻ると、

 

ちゃんとこの道教のお寺には、その医術のエリアがある。

 

 

思想・哲学は、具現と一体の事だと云うとおり、陰陽だけで世界がある訳ではなく五行の展開をしている。

 

さすがは老子という他なく、これが、何でも存在が全てだという思想の裏返しになる。

 

 

 

 

 

 

 

白雲観道医館とでも読めばいいのか。

 

とにかく略字が多く、読みづらい。

 

 

そもそも、『 道 』 は、へんの『しんにょう』とつくりの『くび』との組み合わせで、

 

しんにょうは終わりを現し、首は初めを現すと、地壇公園のどこかのパネルに書いてあった。

 

そのように説明されると、『 道 』 という文字に込められた意味を、後の人間が好んで使う気持ちも分かる。

 

これ、正面から読めるように撮っておけば良かったと思うが、何せ集団行動なのでそんなゆとりは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

これは、正面からいずれ時間があればと思い撮っておいた。

 

ざっと目を流す限り、中医薬・薬膳は道教から出発しているか、同根だと分かる。

 

 

 

 

 

 

これは農業のノウハウになるかも知れないと思い撮っておいた。

 

 

 

 

 

 

絵からすると、階段を昇っているのが孔子で、座敷で迎えているのが老子だと思う。

 

今読み返しても、何も伝わってこないのが不思議だが、

 

これを読んで写したときは、対談の内容が雰囲気まで含めて感じられたのに、

 

やっぱり、この寺の雰囲気の為せる業かと思うと恐ろしい。

 

 

 

 

 

 

 

これは、ちゃんと区別する正式な名前があると思うが、

 

右と左の文字が現している世界の次元の違いが組合せとして存在している事が分かる。

 

 

 

 

案外、この国の文化は、整然として分かりやすいかもしれないと思った。

 

 

 

この日の午前中に行った、地壇公園も天壇公園も、その前夜の紫禁城前門も、

 

 

 

 

 

 

中軸という線が明確に存在していて、左右の『 対 』を為している。

 

思い出してみれば会話の中で、日本語なら『 はい 』 英語なら『 YES 』 が、『 対 』 だった。

 

肯定、承知、等の意味を現す言葉で『 トゥエ 』 と発音していた言葉は、この文字だろう。

 

 

左右の対で世界を現して、その通りと言っているのかもしれない。

 

 

『 いいえ 』 は、『 否 』 だろうから、さしづめ日本語の『 はい 』は『 諾 』かもね。

 

 

 

そのように考えると、分かりやすいというのは、常に宇宙観を伴っているという意味。

 

 

 

それだけ、水平線より、地平線の方が広大さが身に染みるということか。

 

 

 

食べるセミナーだったから、無理も無いがこのお寺は唯一頭を使う場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.06.01 Saturday

北京二日目 その2

 

 

 

 

 

 

樹の大きさが写れば良いかと思った。

 

 

羽田国際空港からの出発が、4時間ほど遅れた。

 

何でも、北京の空港近くが、激しい雷雨で飛行機の発着が大混乱だとかで、

 

搭乗したものの、また降ろされたりで、先月の PORTLAND でも、先日の伊丹から出雲に行くときも、こんな事ばかり。

 

 

でも、広い北京の雷雨は見ものらしいので、どこかで遭遇したい思っていたが、これは乗り遅れた。

 

 

 

打って変わって、三日間、馬鹿みたいな陽気で連日30度を超え、それ以上に日差しが強烈。

 

 

日射病になってもおかしくない天気なのに、野外ばかりを歩き通す。

 

毎日 10,000 歩以上歩いていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

今回のセミナーは、中医薬・薬膳がテーマなので、地壇公園と天壇公園の両方を午前中に歩く。

 

 

天の神様と地の神様にという訳だが、その広さは半端じゃない。

 

 

 

 

 

地壇公園のなかの【養生園】というエリアに。

 

 

あちらこちらに、中医薬の説明の看板が設置してあり、案外読めるものだ。

 

 

 

 

うっそうとした森の中で、みんなが思い思いのレクレーションを楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

このおじさんは、なかなかどうにいっていた。

 

 

力が抜けているのに、指先まで気が巡っていた。

 

 

何となく若いのではないかと思ったが、年齢がまったく分からない人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、バスで移動して、天壇公園へ。

 

 

さすがに、綺麗な建物だった。

 

 

右側の廊下だけで 700m あると現地ガイドの、馬さんは言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

着いたところで、今回の日本から随行の、李さんが「 お二人で 」 と記念?の写真を撮ってくれた。

 

 

前日も、こんな写真を撮ってくれていた。

 

 

 

 

 

李さんは、サービス精神旺盛で、とにかく至れり尽くせり、ここまでと思うほど世話を焼いてくれていた。

 

 

何のことは無い、話しをしてみるとすごくキャリアのある人で、話せば話すほど驚きの連続だった。

 

 

お父さんがとても偉い人で、天津で美術系の大学を創設した方らしく、絵と書が得意の方で、

 

その書体は、パソコンのフォントとして今も生きているらしい。

 

本人は、天津で学校を卒業後旅行会社の仕事に就き、30才頃に日本の移り住み、

 

KAWASAKI グループに就職して、以来ずうとそのグループの中国視察をアテンドしていたらしい。

 

ところが、よくよく聞いていると、中国よりかなり西までテリトリーとして活躍していたそうだ。

 

 

ちょっとしたトラブルにも迅速に対応して、とにかく気分よく道中を過ごしてもらうための動機はすごく高い。

 

その李さんとコンビを組んでいるのが、現地ガイドの馬さんで、馬さんは現地ガイドの試験官だと言っていた。

 

今回も、先約があったらしいが、それを断ってこのセミナーについてくれたらしい。

 

この話しを聞くまでに、二人で「 馬さんは、頭の良い人で切り替えが早い 」と感心していたばかりだった。

 

 

李さんは、中国の経済的にそれほど豊かでない地域の野菜を日本で売れないかとしきりにその話しをしていた。

 

 

 

午前中に随分歩いたと思っていたが、昼から路先生という中医薬のお医者さんが合流して、

 

道教のお寺に行く事になるが、これがまた別世界の時間に成った。

 

 

帰ってきて、体調がすぐれぬまま昼に食べたきつねうどんの狐の味がおかしくて、

 

途中で食べるのをやめたが時既に遅く、3時過ぎから俄かに体調が崩れ、5時には早退したが、たいへんな事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.05.22 Wednesday

西の空

 

 

 

 

 

 

 

誕生日には、いつも母親が五目寿司を作ってくれたいたように思っているので、そのように頼んでいたら、

 

ひさしぶりに陽のある内に帰宅して、その五目寿司を作って祝ってくれた。

 

 

 

とうとう、らっきょの話しはアメリカにまで飛び火した。

 

 

 

 

らっきょは、モンゴル辺りが原産なのか。

 

 

ニラや、にんにくと葉が似ている。

 

匂いも似ている。

 

 

インドでもカレーの友として食べているのだろうか。

 

 

日本最古のピクルスかな。

 

 

どうせ、漢方薬として中国との交易の中で渡来したんだろう。

 

 

人が動けば野菜もいっしょに動く。

 

 

 

おもしろいなあと思う。

 

 

 

 

 

 

2019.05.16 Thursday

寿司屋さんの地図

 

 

 

 

 

地図の POINT は微妙に西にずれているが、近江町市場から細い南北の道路を抜けて広い東西の道に出て直ぐ。

 

 

面白かったのは、住所を頼りに地図で調べてみると、やっぱり前方の右側に神社があった。

 

 

何故そんな風に感じるのかは分からない。

 

 

神社があるからそういう空気感になるのか、そういう空気感だから誰か同じように感じる人が神社を建てたのか。

 

 

まあ、まんざらでもない。

 

 

 

兼六園の近くだという事は分かっていたが、その右端に『 白鳥路 』 という温泉旅館がある。

 

 

昔はインターネットなんて無かったから、出張に行ってもどんな宿泊施設があるか分からないので、

 

全国温泉旅館案内みたいな分厚い雑誌を買っていて、それで行く先々の宿泊施設を調べて予約をしていた。

 

あの頃は未だ元気で、夜もちゃんと風呂に入っていたので、温泉が好きだった。

 

それで、金沢に来るといつも雑誌に載っていたこの白鳥路に泊まっていた。

 

 

 

 

いろいろ懐かしいところで、美味しいお寿司が食べられて幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.05.02 Thursday

刊行の辞

 

 

 

 

 

1971年だから比較的発刊は新しい。

 

文庫本と言えば、角川文庫と新潮文庫が古くからあったと思う。

 

もちろん、岩波文庫も古い。

 

 

興味本位に発刊を年代順に並べてみると、

 

1914 年 新潮文庫

1927 年 岩波文庫

1950 年 角川文庫

 

と並ぶ。

 

 

講談社文庫と文春文庫は、講談社の方が古い気がするがどうだろう。

 

 

あたり !!! 

 

 

僅かに、3年早く1974年に文春文庫が発刊していた。

 

この頃が、ひとつは書籍のピークだったかもしれない。

 

岩波新書と呼ばれる文庫本よりは少し背丈の高い版も、この頃に続々と出ていたような気がする。

 

 

 

どの発刊の言葉も、謙虚な辞の文字を使っているが、立派な堂々たる宣言で、読んでいても気持ちがいい。

 

 

 

世間は、10連休という世も末のような様相で、それよりも驚いたのは、

 

国民の休日と休日の間に平日があっても、自動的にその合間の日は休日になると法律で定められていたそうだ。

 

この10連休中に我が社は 30日 1日 2日 は出勤日になっている。

 

ところが、5月1日がいつの間にか『 即位の日 』 とかいう祝日になっていたらしい。

 

即位した日が5月1日 ではなくて、5月1日を休みにするために、即位の日にしたという、

 

本末転倒のような感じがしなくもない。

 

この3日間出勤で、そんな事は20年前から決まっていると不満顔の人間がいて、この事が発覚した。

 

これは、一大事で国民の休日は会社の休日にしているので、出勤となると給与は休日出勤手当てとなる。

 

そういえば、今年の2月に来社してくれた北海道の農家が何やら憤懣をぶちまけていた。

 

 

 

休まれては困る仕事も多々あるのだが、そんなことはお構い無しに休む方を優先していて、何だかおかしな事になっている。

 

 

おかしいと思わないのが、またおかしい。

 

国家が法律で国民の休日と決めるなら、逆に働いてはいけない日とすべきだと思う。

 

安息日として、定めた古代の方が余程進歩的だ。

 

日本が元々景教をあの地域に齎したことが真実らしいが、その話しはいずれ。

 

電気会社も、電車屋さんも、ガス屋さんも、もちろん食糧品店も、運送屋さんも、

 

みんなこぞって、休んでみれば、働く事の必要や意味も見えてくるような気がする。

 

警察も休みとなれば、どうなるだろう。

 

街は防犯カメラだらけになって、機械に代わりに仕事をさせようとするかも。

 

食料品は自販機でしか変えない。

 

電気がトラブルで止まっても、停電のまま。

 

火事が発生しても、予め自警団を組織しておいて、火消しに勤めなければならない。

 

ウン、これはなかなかいい。

 

 

病院も休む。

 

仕事は休みなんだから、家族が面倒をみればいい。

 

医師が休んでいるので、倒れたら命取りになるので、

 

倒れないように、普段から健康に気をつけて、食事のあり方も慎重になる。

 

これもいい。

 

医師も、公的な気持ちを振り絞って、無償で面倒を見る。

 

そうすると、普段から医師に敬意が集まり、医師である事を自覚するようになる。

 

うん、これもいい。

 

 

なんだ、良い事ずくめでは無いか。

 

外国からの旅行者は困りそうだから、飛行機が飛ばなくなる前に出国を済ませてもらう。

 

一種、鎖国状態になり、10日間国をあげて地域の連帯を深め合うと、外国からすごいと尊敬を集める。

 

 

いいね、いいね。

 

 

 

でも、ほんとうにそういう日が来るかもしれない。

 

 

人間は愚かになれば、絶滅するしかない能力の動物なので、愚かになってみれば、いいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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