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2018.04.16 Monday

ライアル・ワトソン

 

 

 

 

 

福岡伸一氏の本を読んでいるときに、このライアル・ワトソンという科学者の本に出会って、

 

同じ事を考えている人が、自分が生まれて間なしのころから追いかけてる事が分かった。

 

 

 

ひとの偉業は、根気の上に成り立つのかも知れないと今更ながらそう思う。

 

 

そういえば、感性で感じて終わりじゃない、それを深く掘り下げるところに遊びがあるんだと教えてくれるひとがいた。

 

 

 

つくづくその通りかと思う。

 

 

この本は、もう読んでいて、頭があちこち飛び歩くほど、丹念に調べている。

 

ひよこの鑑別士の仕事を日本人は目で見分けるが、

 

どうもそのことは日本人の特質らしく、

 

そういえば、いま販売している有精卵の農場の創業者は、

 

ヨーロッパまでその技術の指導に派遣されていて、そこでヨーロッパの養鶏に出会い、

 

それで日本に帰ってきて、独立して有精卵専門の農場を起業したといっていた。

 

 

でも、そこに雌雄で異なる放射線をこれまたあまり既存の概念では科学的と言えない道具で感知する。

 

そんな根気強い経験からしか分からないようなことに科学的根拠を見出すことをしている。

 

 

 

身近な技術で言えば、電卓。

 

これが出たとき、ひとは頭が使えなくなるという人がいた。

 

たしかに、カーナビに慣れると道を覚えなくなり、今では無かった頃に何を頼りに出掛けていたのか、

 

今では、信じられなくなってきている。

 

 

そういう意味では、人間の脳は技術の発展と共にその活動域を移してきているのかもしれない。

 

 

自然の摂理と同調することによって、宇宙に存在するエネルギーを我が物とすることが出来る、

 

という仮説を私は立てているが、あながち間違いではなくそれは信じるという見えないエネルギーに支えられている。

 

 

それを阻むことに自らの思い込みがあるような気がしてきた。

 

思い込みで所謂、我が目の前に起こっていることの事実に目をそむけてしまう。

 

 

それで、後になって「 あれっ 」 って思ったことを追求すれば真実だったということに気がつき、

 

『 後悔先に立たず 』 という痛い目にあう。

 

 

 

そのように考えれば、まだまだ自分は開拓の余地があり、

 

この技を会得できれば、長寿も我がことになるのかもしれないと思う。

 

 

 

 

 

 

2018.04.13 Friday

TRIAL

 

 

 

 

 

トライアル対策は、安さはプライスカードだけで、

 

陳列は丁寧に美味しそうに。

 

これで充分。

 

 

 

廣甚さんに行く途上、看板が見えたので、噂は聞くけど行った事がないので、行ってみた。

 

 

だけど、スーパーマーケットの渦中にいる人には見えないのかもしれない。

 

 

 

価格は、そんなに安くはない。

 

商品を見ると青果に限っては、

 

生気を感じない。

 

魚は、テナントだと思うが、ちゃんとした価格でちゃんと並んでいる。

 

精肉は、トレンドをちゃんと取り入れていた。

 

 

 

ひとりの若いおかあさんが、レタスを一生懸命選んでいる。

 

見ると、長崎県産って書いてあった。

 

先日行った島原半島では、

 

分業化が進んでいて、

 

農家は植えるだけで、

 

産地業者が収穫をやっている。

 

相場が安いと、レタス代は農家に渡さずタダで持ち帰る。

 

 

さらに下がると、それでも合わないので農家から収穫代を徴収する。

 

農家は、後始末をしなければいけないので、収穫というより畑の植えた後始末の代金を支払う。

 

 

すごい仕組みだ。

 

 

その行き先を見たような気がした。

 

 

 

 

どれだけ選んでも、このお母さんのお目に応えてくれる物はなく、

 

寂しそうに妥協して、カゴに入れそうだったか、つらくて最後までは見ていられなかったので、

 

買ったかどうかは分からないが、そこから一枚ずつはがしてよくない部分を除いて食べれば食べられると思う。

 

考え方次第のような気もする。

 

 

店の雰囲気はアメリカのように見えるが、駐車場を見ると小豆島かと思うほど、軽自動車ばかりが停まっていた。

 

小豆島は、5 台に 1 台くらいが白いナンバープレート。

 

もちろん私も軽自動車。

 

 

 

 

中内さんという方が昔やりたかったお店は、こういうお店だったんだろう。

 

店内では、およそ日本の店内放送とは思えない内容の業務連絡が流れていた。

 

買い物の情緒ということの捉え方が、まったく違うのだろうなと思って聞いていた。

 

 

この情緒が冒頭の戦術になったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

2018.04.11 Wednesday

ジョヴァンニ・バティスタ・ティエポロ

 

 

 

 

 

 

昨日、千葉の舞浜への移動で飛行機に乗った。

 

JAL の機内誌で、浅田次郎がスペインの紀行記を書いていて、

 

挿絵に、ジョヴァンニ・バティスタ・ティエポロの何とかって絵が使われていた。

 

 

 

『蒼穹の昴』って、好きで 4 回は読んだ小説に出てくる人物で、フィレンツェに残った芸術家ってことだった。

 

その彼と、司祭の命で恋人を残して清に伝道師として派遣され、時の乾隆帝に使えた天才と、

 

数簡遣り取りをする書簡のかつての仲間として、出てくる下りがある。

 

その天才が、青空より蒼い天井を描いたと、

 

出ていて、

 

その天井をいつも想像していた。

 

 

 

水彩では決して出すことの出来ない色に、青がある。

 

 

 

 

『 やる気と感動の祭典 』というとんでもないセミナーがある。

 

中身はビジネスチャンス。

 

 

 

 

 

 

2018.04.07 Saturday

おでかけ

 

 

 

 

 

 

一昨日は、島原半島の東側に行った。

 

 

久しぶりで、10 年ほど前にもこの道を通り、普賢岳の記念館に寄ったのを思い出したら、

 

あの日も雨だった。

 

 

まだ記念館なんて出来ていなかった噴火の直後に、

 

名水ニラの森さんのお父さん、好晴さんが連れてきてくれて、私はこの好晴さんが好きだった。

 

クールな方で、リーダーシップって言うことを感じさせてくれて、なるほどなあと思わせてもらっていた。

 

土石流に半分埋まってしまったお家を見たときの衝撃は、いまでもまぶたに焼き付いている。

 

 

そこを通り過ぎて、約束のお店に到着して、お昼を食べるところがなくて、お店のお弁当を食べて待っていた。

 

 

約束の時刻になったので、お電話で店の玄関に到着しましたと連絡をして待つことしばし。

 

なかなか現れてくれないなあと思っていると、電話が鳴り、何処に来ておられますかと言われ、

 

お店違いに気がついた。

 

 

 

 

そんなことで、昨日も、なにか勘違いをしていないか、不安で仕方がなく、

 

この日も、予定より 1 時間早くに到着してお昼を探しても、まわりには何も食べるところはなかった。

 

仕方がないので、7-11というお店に入って、かき揚げそばという、チンしたら食べられるそばを、

 

見えない目で、えびが入っていないことを確かめて、材料にエビの文字は無かったが、

 

アレルゲン表示にはえびの文字があった。

 

一瞬途惑ったが、まあこの程度ならいいかと思い、それを買って食べた。

 

 

 

それでも、時間を持て余し、少し早めにタクシーに乗って訪問先まで行った。

 

 

待合のスペースに電話が置いてあり、各部門の内線番号にかけて来意を伝え、待つパターン。

 

これがドキドキもんである。

 

 

「 えっ、おられませんよ 」と帰ってきたらどうしようと思いつつ、連絡をすると、

 

「 ああ、其処で少しお待ちください 」 だった。

 

「 はいっ、お待ちしていました 」 と言ってくれれば予定表に入っていることは分かるが、

 

そうではなくて、微妙な応答だったので、不安は消えず、そのまま馬鹿の振りしてボンヤリしていた。

 

 

 

すっかり俺たちは慣れているぜとアピールするかのように、通られる方にいちいち声を掛けている営業のひと。

 

 

どこでも、見かける光景だった。

 

 

 

アポの日にちを間違っていて、そそくさと帰ったこともあったし、

 

急な用件で、戻っておられないこともあったし、

 

そもそも、私から行くとメールしただけで、

 

お待ちしていますとの返答ももらっていなかったような気がし始めていた。

 

 

 

予定の時刻ジャストに、アルファーさんお待たせしました とお二人が迎えにきてくれた。

 

これゃ嬉しいに決まっている。

 

迷子になって、親が迎えに来てくれた子供の気分だ。

 

もっとも、迷子になった事はないが。

 

 

 

左が商談エリアになっていることは分かっていたが、

 

そちらには行かず、まっすぐ進んで右に回った。

 

 

あれっ、と思っていると、ゆったりしたソファーが置いてある応接室に案内してもらった。

 

 

やれやれ、カラオケが好きな人が、マイクを渡された人の気分ってこんなのかもしれない。

 

私は、お酒は飲まないし、カラオケは大がつくほど苦手。

 

 

 

コーヒーまで出していただいて、

 

コンビニのそばで口が変だったので、助かった。

 

 

なつかしい北陸エリアなので、むかしむちゃくちゃお世話になった方の名前がいっぱい出てきた。

 

 

 

うれしい初商談だった。

 

幸せな気分で帰ってきた。

 

 

 

そもそも、出会いがユニークだった。

 

先のスーパーマーケットトレードショーで、私たちのブースの前で、

 

「 いま、アルファーさんの前です 」 と言っておられるので、お顔を見たが存じ上げないひとだった。

 

でも、スーパーのバイヤーさんらしくないといえば変な表現だが、素敵な雰囲気のひとだった。

 

気がつけば、どこかに消えておられた。

 

 

 

午後だったか、もう一度ブースに来られて、挨拶だけさせていただいていた。

 

でも、あの アルファーさんの前という、アルファーさんが旧知のような声の色で妙に親しみを感じていた。

 

 

だから、私にしては珍しく、押しかけて行った。

 

出会いってのは、一瞬で決まるものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.04.01 Sunday

残念ながら負けました

 

 

 

 

 

いちばん左が朝日君。

 

今大会一番のヒッター。

 

残念ながら、今日唯一のここって時に、一本が出なかった。

 

まあ、そういうものかもしれないが、増居君の好投がかえって重圧になったのかもしれない。

 

 

昨年の夏の立役者でもあり、2 回戦の青森山田の最後のバッターで、

 

彼が出ていればひっくり返せたかもしれない場面で、うまく三遊間に打ったのだが、

 

相手の三塁手の、思わず出したグローブに、スポッと入ってしまった非常に惜しい打球を放っていた。

 

 

 

 

 

 

孤軍奮闘とは言わないけれど、

 

すごいピッチャーだって事は、その試合で分かっていたが、

 

ここまで投げきれるとは思っていなくて、でも、この半年で成長したのかなと思う。

 

実際、身体も一回り大きくなったように見受けられた。

 

 

6 回までパーフェクトで、9回終了までノーヒットだった。

 

10 回に 2 本のヒットと、犠牲フライでサヨナラ。

 

右打者の外角に球ひとつ分外れたところにストレートを投げ、同じ起動でスライダーを投げるイメージで、

 

キャッチャーの要求通り投げたら、そのまま球ひとつスライドし、相手の主砲を見送り三振に切ってとった。

 

これには、さすがに自分でも調子に呆れるしかなく、苦笑いをしていたが、このひとつとっても如何に客観的に、

 

自分の今日の調子を見ていたのかが分かり、それなら打者としての自分の役割も見てみる視点が加わればチームは変われる。

 

 

 

確かに見た目はずうと押してた試合だったけど、チームの力としては、

 

初戦の慶応義塾高校とは互角であっても、花巻東はワンランクかツーランク上のような気がした。

 

 

 

それゃそうだろう、この 2 校は高校の部活動の域を出ていなくて、

 

花巻東は明らかに、野球をしに高校に来ている感があり、身体はふた周りほど大きいし、

 

その厳しさでは、比較にならないほど違うような気がして、比べることすら失礼な気もして、それが随所に現れた。

 

 

 

阪神の江夏が、延長 10 回か 11 回までノーヒットノーランで、とうとう自分で本塁打を打って試合を決めた。

 

 

一瞬、増居君も自分で打つんじゃないかと思った。

 

結構、いいスイングをすることは見て知っているので、もしかしたらと思っていたが、

 

自覚はしていないみたいだから、今日のライト前のクリーンヒットで、打撃に対する興味に目覚めてくれれば面白くなる。

 

 

 

もうひとり、永井君って小柄な 16 番を背負ったレフトを守ってラストを打っている選手。

 

 

気持ちの優しさが先に出てしまうタイプのような気がするが、自分が監督をしていたら、

 

昨日の試合は、その前の試合を見ていれば 2 番に上げる。

 

確かあのスタートの遅さはセーフティースクイズだったと思う。

 

転がったらゴーだが、あの転がりではバックだったね。

 

今頃冷静に振り返って、そのことに気づいている時間帯かな。

 

判断力ってのは、悔やんでも取り返しのつかない経験をして初めて身につく事だって発見してくれれば、

 

今後の彼の生き方にプラスになるかもしれない。

 

 

でも、一番その思いを募らせているのは、監督だろう。

 

つらい仕事のように思うが、それが仕事なので、選手を育てて選手に育てられることを知れば、

 

きっと、味のあるゲーム運びが課題になるような気もする。

 

数年前に今回の膳所校と同じように 21 世紀枠とはいえ久しぶりに出場機会を与え、

 

昨年は、打てるチームに育て、夏に滋賀県を制覇して、見事打ち勝って一勝を果たし、

 

そして今年の春に、近畿大会ベスト 8  にも係わらず、選抜される実力を築き上げてきた手腕は見事なもんだ。

 

 

 

ひと場面ずつ書けば切がないが、まだ続きがあることを期待して、ここらでよかろうかい。

 

 

 

 

 

 

2018.03.30 Friday

新しい店

 

 

 

 

 

 

春のうららかな日。

 

 

オープンテラスに人はいなかった。

 

 

もっと緯度の高い国の肌の白い人たちなら、おひさんのありがたみが違うから、

 

きっと、こんな日はここに集まっているだろうと思うが、そういえば、今は桜の時期だから、桜の下に集まっているのかな。

 

 

 

 

このお店は、今日も駐車場はほぼ満車だった。

 

 

 

 

 

 

2018.03.29 Thursday

辛抱強く

 

 

 

 

 

一塁側なので、午前中の日差しが当たるアルプススタンドだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まわりは、高校生の女の子。

 

 

最初はみんな静かで、盛り上がりに欠けているし、

 

それなら、せっかくメガホンも買って持っていることだし、いっちょ儂がと思い、第一声を発した。

 

 

想像通り、前に居た数人の高校生は振り向いた。

 

なんだか、中学の全校集会で野次を発して、何よあの人ってジィーっとした視線を浴びてバツが悪かった事を思い出した。

 

 

昔からこういう雰囲気だった。

 

 

 

そんな事はどうでも良いが、あの増居君ってピッチャーの辛抱強さには驚いた。

 

上げた右足の踏み出しから、球が左手から離れるまでの時間が短いので、球速以上に打者には早く見えているはず。

 

ちょうど、読売から MLB に行って活躍した上原投手のような感じで、打席に立った者しか分からない打ちにくさがあると思う。

 

 

去年の夏、バックネット付近で観た時は、球質が重そうな、具体的にはキャッチャーのミットに入るまで球速が落ちない、

 

そんなボールを投げる頼りがいのあるピッチャーに見えて、これは来年も行けると思ったことをそのまま実現してくれた。

 

 

 

 

先頭打者を四球で出すイニングの連続だった。

 

当然本人もそれがまずいことくらい分かっているはず。

 

それでも、四球を出す。

 

 

考えてみれば、それを嫌がって、真ん中に投げたくなる。

 

よく、四球で塁に出すくらいなら、ヒットで出した方が守っている野手は納得が出来るという。

 

自分の野球経験でも、そのように思いながら守っていた。

 

 

でも、事、試合に勝つとなると違うんだって昨日分かった。

 

攻撃する側は、同じ塁に出るのでも、四球で出塁してもチームは盛り上がらない。

 

逆にヒットが出れば、ヒットを打った打者だけでなく、ベンチに居る打者の気分も盛り上がる。

 

野球ってのは、チームプレーだが、スタートは打者と投手の一対一の勝負から始まる。

 

 

 

一対一の勝負は互いの気分が大きく作用する。

 

 

同じタイプの投手対決の試合だったが、そこが違ったように思え、

 

それが、与四球の数と被安打の数に表れていたように思う。

 

彦根東のヒットの数と四球の数は、慶応義塾高校のヒットと四球の数と、ひっくり返っているだけで和は一緒だった。

 

 

片方は四球を嫌がって、真ん中付近に投げてヒットを打たれ、片方は辛抱強く投げて四球を出していた。

 

 

打者は、打つために打席に入っているので、四球を選んでも少しも嬉しくない。

 

 

相手の嫌がることをするのが野球とという人もいるが、相手を喜ばせないのも野球といえるかもしれない。

 

 

これには、辛抱強さが必要になりそうな気がする。

 

 

増居君は、批判を背に、ここまで分かっていて投げているのではないかと思う。

 

 

 

そのように考えると、彼が偉大に見えてきた。

 

 

 

 

 

2018.03.24 Saturday

念願

 

 

 

 

 

念ずれば通ずという言葉があるが、

 

 

故佐竹文彰会長にご挨拶がようやくできた。

 

 

 

 

半ば押しかけた格好だが、そんな気持ちは一心で跳ね除けてお邪魔した。

 

 

10 年ほど前から、小豆島の畑で、単純な畑作業をしている、思い出したくも無いのに頭に出てきて、

 

それも、一度ならず、二度三度でもなく、頭が停止状態になると必ず出てくる想いに苦しんでいた。

 

 

その想いを押し退ける事が出来るのは、いつも『 会長に会える 』 という想いだった。

 

 

連絡を待っていても、其処までじゃなかったのか、そらそうだろう、

 

会いたいと具体的に言われれば拒む理由は無いよという程度で当たり前だと思い、

 

遠慮してたら前に進めないと考え始めて、意を決して渡された連絡先に私からお会いしたい旨を伝えた。

 

 

 

いついつなら会えるからおいで と言ってもらって、

 

それこそ、喜び勇んで出かけた。

 

 

食べ物商売をしているので、何か自分の商品開発が表現できるものをと思い、

 

和豚もちぶたで作った無塩せきベーコンを持って行き、

 

会話は言葉だけではないので、

 

その場で味をみて頂ける様に、まな板とナイフも持参し、

 

おまけにムードも大切なので、ちょっとしたお皿とフォークまで携えて準備万端。

 

 

そこまでやるか というのと、じっさいに舌に乗せてもらったら、私の気持ちが通じるはずだと思い、

 

とにかく、会長の表情を変えるのがいちばんの私に出来ることで、そうでなければ

 

数多いであろう通り一遍の表敬訪問のひとりと、あるいは商用のひとりと、

 

思われるより、こんな男もおる と思っていただきたくて、こころを尽くしてお会いした。

 

 

 

ひとまわり下だと思っていたが、昨日奥さんにその話しをしてみると、

 

私は巳年だが、会長は辰年ですよと教えていただき、早生まれなので同級だと話してもらった。

 

 

もう少し、会長の若い頃のお話しを聞けば良かった。

 

 

 

 

 

私と会長の、出会いという言葉はおこがましいが、この最初の場面を横で見ておられた、

 

秘書の山田奈緒美さんも、同時に出会った方で、昨日驚いたことにその場面のことを話すと、

 

一部始終を詳しく覚えていてくれた様子で、だから私が今回ご挨拶したいという気持ちも、よく理解してくれていたのだろう。

 

 

 

念願叶って、とても晴れた天気のように、すっきりした。

 

 

山田奈緒美さん、感謝しています。

 

ありがとうございます。

 

 

今後も変わらぬお付き合いのほど、宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

2018.03.23 Friday

サボテン

 

 

 

 

 

彼岸が過ぎて、ずいぶん夜が明けるのが早くなった。

 

 

春のお彼岸を迎えるのは 64 回目だと思うが、毎年そのように思うのは、

 

いくつになっても、身体は太陽と月の巡りを基礎にリズムを取っていることの証なのかもしれない。

 

 

 

画像のサボテンは、父親がどこかの夜店で買ってきたものだろうと思うが、

 

寒い冬だったので、未だ縮んだままになっている。

 

 

いつだったか、冬に見ると、こうして身を縮こませているので心配していたが、

 

暖かい季節に訪れて見てみると、ぷくっと身体全体を膨らませていたので、

 

ああ、夏にサボテンは成長するんだと思った事を思い出して、その思いが懐かしかった。

 

そして、また寒い季節に訪れてみると、やっぱり夏に膨らんだ分、縮んでいたので、

 

だから、彦根というこの地では、あまり大きくならないんだ思っていた。

 

 

 

昨日も、もう何十年この大きさなんだろうと思い、

 

大きくなることが成長とばかりはいえないのかなと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

2018.03.21 Wednesday

祝 彦根東

 

 

 

 

左は彦根城の東側の中堀。

 

その右が『 聖ヨゼフ幼稚園 』

 

私の記憶では、姉二人は『 るんびにえん 』 、兄貴は『 のりのわ 』 という、

 

お寺さんがやってる幼稚園に行ってたような気がする。

 

ところが、最後の私は教会がやってる幼稚園に入れられた。

 

 

いまでも、父親の自転車の後ろに唐突に乗せられて、

 

この幼稚園に入園の申し込みに来た場面を覚えている。

 

 

きっと、「 この幼稚園に通え 」と父親から説明を受けたと思うが、

 

そのときに、ここに通うことになるんだ、そう思ってその場面が記憶に留まったような気がする。

 

この幼稚園はできたばかりで、私はその第一期卒園生ということになる。

 

 

ここの園長先生は、徳川某かという家康の末裔だと父親が言っていた事も覚えている。

 

いま、そのお顔を思い出したら、確かに目が教科書でよく目にした家康の肖像画の目にそっくりだった。

 

 

そのように考えると、当時徳川家と縁が深かった彦根伊井のお膝元のどこかに輿入れしてきたお姫さんの、

 

その子供か孫程度の、遺伝子の流れなのかも知れないと想像できる。

 

 

 

その伊井家の藩校がこの中堀の左側にある。

 

 

 

 

 

 

どちらも私が育った家からは 10 分 程度の距離にあり、

 

その藩校は、明治に彦根元中になり、いつかは知らないが彦根東高校となった。

 

 

この春の選抜甲子園大会に選ばれて、去年の夏の大会に続き、出場できる事になった。

 

 

一回戦の相手校は、慶応だそうだ。

 

この高校は、慶応より圧倒的に早稲田に進学する人数が多いように思うが、

 

まあ、それはどうでもいい。

 

 

その試合が、28 日の第一試合、9:00 だと組み合わせと日程表には出ていた。

 

 

で、無理やり仕事のスケジュールを空けて、甲子園に応援に行けるようにした。

 

 

 

でも、春は雨が多いので、思い通り日程が進まないので、最後は天気頼みになる。

 

 

だれか、一緒に神さんに頼んでくれる人がいればうれしい。

 

 

 

 

 

 

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