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2018.01.01 Monday

2018年 元旦

 

 

 

 

 

 

 

昨年の途中から、急に本 blog の更新が、飛び石の如く、

 

なかには、次の稿に飛べないほど間が空いてしまうこともしばしばになった。

 

 

その訳は自分でも分かりませんが、もともと自分の身体に起こることに抗うことはしなくそのまま放置しています。

 

 

 

書いて書けない訳でもなく、ただ不思議なことに頭の中は、

 

それまで無数の点でしかなかった思考が、数年前よりひと筋に繋がり始め、整然としてきたことは確かなようです。

 

 

 

そのことは、決して大げさなことではなく、ただ流れに即しているだけです。

 

 

ただ、そんな自身の頭の中の出来事に興味を失いつつあることも確かなようです。

 

 

子供の頃に、 ひととの関係が変わらない限り、自分が変わることはない と教えられました。

 

 

そのとき、まさしくその通りだと思いました。

 

 

その頃は、社会との接点も無く、ただ袖触れ合う方達とのせいぜい十数人とのひととの関係でしたが、

 

いつまでもそれで満足していても仕方が無いので、いっそのことと小豆島に通うようになりました。

 

十数人の関係が基礎となっているのは事実ですが、それでは点に過ぎなくて、それで社会が形成される訳でもありません。

 

 

 

いつだったか、ターミナルで転がり落ちようとするミニトマトを、左手の小指一本で止めた深雪が、

 

「 親に付けて生んでもらったものは、すべて使わないと親不孝だから 」 と言ったように、

 

この身はすべて親からも、自分以外のすべての物事から頂戴して今の自分があるのは自明で、

 

それなら、考えも自分の考えのみではなく、他人の考えにも即して実現に共に向かうことが、

 

自分の命をシェアーすることになるので、あとどれだけの時が残されているかの問題ではなく、

 

ましてや、自分に何が出来るのかの問題なぞでもなく、ただひたすら天の神と地の神の間でその声に順って、

 

これゃ、論語になってきたが、その身を供することが、使い切ることになりそうな気がする。

 

ミニトマトが台の上で転がる時の流れと、その時を制する小指の動きが、

 

即するという文字に現れているのではないかと思う。

 

色即是空 空即是色 の 即 とは、

 

同じ次元で同時に起こる、在るということなのだろう。

 

 

 

ことしも、ときの絶え間ない流れに数十パーセントを身を置くなら、

 

このなかで流れに身を任せて、振り落とされそうになっても、消えてなくなることはない。

 

 

 

十数年前に、小豆島に行ったときの疑問に対する応えは返ってきたので、そのままいくことにしている。

 

 

 

この方向が正しいかどうか、そんなことは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

2018.10.16 Tuesday

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