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2018.06.13 Wednesday

昭和19年 申年

 

 

 

 

 

古くて新しいこともある。

 

 

話していて、写真を撮らせて欲しいと思った瞬間に、

 

あらら残念、お陽さんが雲に隠れてしまった。

 

 

 

今日、私が訪問することは案内の彼が事前に話していてくれていたのかもしれないが、

 

何を考えている奴なのかと戸惑いの表情で、堅かった。

 

 

麻衣が、手帳を忘れて手の平の上で苦労してメモをしようとしいるので、

 

私の手帳を渡して、「 息子なんです 」 と話しをすると、一瞬で顔が和らいだ。

 

 

 

どこか懐かしい雰囲気の方で、ひところ仲良くしてもらった佐竹会長の雰囲気に似ている。

 

 

もう、とまとは47年にもなる。

 

30年近く前に、初めてアルファーで畑を訪ねたのは、この地域で懐かしかった。

 

あの頃は阪和道なんて高速道路も無く、えらく遠いところだった。

 

『 アイドーラ 』って資材がその縁だったと記憶していて、

 

とうとう、与論島まで出掛けた縁だった。

 

当時の与論島は、それまで、

 

沖縄は外国で、

 

与論島が日本の最南端だったが、

 

復帰後、観光は沖縄に流れて、忘れられたような島になっていた。

 

 

 

あの頃は、まだ農業への未練が残っていた時期で、

 

この和歌山のミニトマトのハウスに来て、たしかこの時期で、

 

「 夏の暑い時期は、ハウスの中が40度を越すよ 」 とその時の農家に言われたことが、

 

小豆島で、暑い盛りでも負けずにベビーリーフの種を撒き続けられたのも、このことの記憶が支えになって、

 

ズボンを通り越してベルトまで汗で濡れ、Tシャツもひとりで脱げないほどビショビショにしながら頑張っていた。

 

 

すべてが懐かしい出来事になってしまっている。

 

 

 

そろそろ引き上げ時で、仕方がないと思い、うっすら影が差す中で「 お父さんの写真を撮らせてもらっていいですか 」 

 

と、カメラを向けようとすると、不思議なことにスゥーと影が消えていった。

 

彼にも、息子はいて一旦は家業を継ごうとしたしたようだが、

 

奥さんが農業には合わないということになったようで、離れていった様子だった。

 

「 昔と違って今は、何をしてでも食べていけるので、幸せになるために仕事をするのであって、

 

仕事のために不幸になるのであれば本末転倒だから 」 と話しをすると、

 

笑って、声にはならなかったが、「 そんなところだ 」 と聴こえた。

 

 

無理強いしたところで、碌な事はないからなという掟が、トマトの栽培から知ったことかも知れないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

土から出てくる樹も、終盤を迎えてぐるぐる巻きにされている茎も、ずうと同じ太さを維持することの技は分からない。

 

 

それが、この房につく実の大きさまで一定で、これは樹の力と合わせて摘果することがミソなんだろう。

 

 

手を止めて話していたかったが、格段にもれなく同じ房がぶら下がっているので、

 

 

この技にも興味がわいているが、それは話しが長くなりそうだ。

 

 

葉を触ってみると、もちろん水分は抜けているがしっかりしていて、

 

裏を覗くと、葉脈が頑張ってしっかりと役目を果たすんだという意思が見えた。

 

 

 

なにか、プレゼントされたようなひとときだった。

 

 

 

 

 

 

 

2018.06.24 Sunday

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