平成2年2月2日
アメリカン・クラブハウス・サンドイッチ
むかし一緒に仕事をしていたひとの仲間がアメリカからやって来て、
夜中にお腹が空いたという事で、I-hop というファミリーレストランに4人で出かけた。
そのアメリカ人は、トンスというストーンをひっくり返したふざけた名前で、その名の通り軽い男で、
仕事を一緒にしていた彼が、車を飛ばすと、『 こわ〜い!! こわ〜い!! 』 と軽口を言ってふざけていた。
その彼が、オーダーしたのがこのメニューだった。
私はピザでも注文したのだろうか、どう見ても彼の方が美味そうだった。
以来、よく食べた。
この ALPHAR って会社を平成2年2月2日に設立して以来、お付き合いしている方とは、
年に1度くらいは、会うようになっている。
京都グランヴィアで会って、少し早いけど昼食も済まそうという事になり、
彼が、なぜかは知らないけれど、私の分もこれを選んでくれて女性に声を掛けた。
ひさしくこの手の齧り付かなければならない食べ物は、食べていなかったが、
今なら、食べられそうだから、そのまま気づかずにいた。
あれから、平成31年2月2日になって、29年にもなる。
そのひとは73になり私は65になって、老後について話している。
そんなに持っていないけど、老人ホームに入るだけは貯めてあると言っていた。
介護付きマンションがあると言っていて、そのマンションを10年以上前から作って格安で売っている人がいる。
一緒にタイを旅した人だが、私が知る限り一番立派な人だ。
誰彼構わず対等に立って付き合いをするけれど、彼の場合は足元にも及ばないので、
弟分でいる。
私は、そういうマンションよりも、年寄りの集まるコミューンを作ってそこで老後を楽しみたいと考えている。
要は、世話になる一方の生活より、互いに世話をしあう、相互扶助のコミュニティを作りたい。
言ってみれば、腕力は無いけれど叡智を集めた暮らしをしたいと思う。
西洋医学からも離れて、生に執着することも無く、
知恵が尽きれば人生を終える暮らしが好い。
山からの水を家の中に引き込み、
電気は、ソーラーで発電して電気自動車のバッテリーに蓄電して、
トラクターもそのエネルギーで動けば、大概の食料も自給できそうだ。
料理の熱源は、薪さえあればいいので、薪に事欠かない山の中であればストーブひとつで間に合う。
天皇が生きてるうちに皇太子に天皇を譲るなんて、空いた口がふさがらないことを企むことを始めるそうだが、
まあ、親子が話し合ってそれでいいというなら、いいが、次男坊の発言権はやっぱり無いにひとしいのか。
好きにしろよって、顔に見えればいいが、そうは見えないのが不思議だ。
平成32年2月2日は、永遠に来ることはないとすると、少し寂しい気がする。
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