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2020.01.09 Thursday

やっぱり

 

 

 

 

 

 

 

想像通りの味だった。

 

 

 

この間、椎葉村の事を積み重ねて書いてきたが、

 

 

 

ポイントは、紹介を受けた『 椎葉村 』 という名の響きが、私の琴線に触れたことから始まった。

 

 

 

 

地名が琴線に触れるのは、高知の四万十川の奥地『 松葉川 』 以来かもしれない。

 

 

 

すぐに、椎葉村のホームページを開くと、興味津々で一文字も逃さず一気に読んで、

 

 

 

この村で、七草の話しだけではなく、一泊二日でこの地の奥山の空気感とともに存在したいと思った。

 

 

 

この時に感じた、奥山の空気感がすべての話しの鍵になっていた。

 

 

 

作物は、生き物だから環境に影響を受ける。

 

 

 

ひとで言えば、食べたものだけじゃなく、その地の目に見えるもの、手に触れるもの、感じることのすべて、

 

 

 

に因って性格が出来上がっていくということを書きたかった。

 

 

 

 

どんな理屈を百ほど並べても、その結果である実を食べないと事は始まらない。

 

 

 

その商品を、1日遅れの昨日8日の朝に食べられた。

 

 

 

ひさしく食べた事のない美味しさが、ひと口目で身体にひろがった。

 

 

 

拡がったという表現では物足りなく、同化していったというか、染み渡っていった。

 

 

 

私が昔で言う有機栽培の八百屋を始めた40数年前に、鳥取砂丘で育った無肥料栽培の玉ねぎを食べたとき、

 

 

 

玉ねぎを食べているのではなく、1個の玉ねぎの生命を食べていて、その、いっ個分の命が、

 

 

 

私の生命を永らえさせてくれるんだと思ったとおり、それが栄養素ではなく、滋養という捉え方が出来たときだった。

 

 

 

 

 

いちいち、草の名前と一致はしないが、菜のかたまりが口に入っても、ちゃんと別々の味がする。

 

 

 

七草粥が、七つの菜の味がするなんて知らなかったし、想像もしていなかった。

 

 

 

大根だって、蕪だって、ちゃんと存在を伝えてくる。

 

 

 

先人は、ちゃんと後世に伝えるべき事を伝えてくれている。

 

 

 

 

それをわずかなひとであっても、伝える機会を与えられたなら、八百屋冥利に尽きるというものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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