2012.12.31 Monday
あといちにち
高島易に依ると、『 停滞 』 って年も、もう終わり。
一昨日は、港に着いたらパジェロのエンジンが、バッテリー上がりで掛からなくて、
昨日は、左の前輪タイヤが、坂を登ってる途中でホイールとずれて、一瞬に空気が抜けるし、御難の歳納めをした。
来年も、我慢の年らしいが、 まあいい、我慢も上手になって来た。
大挙訪問した中国も、ヒラリーを袖にした小沢一郎って政治家を救えなかった。
巻かれて生きる術を身に付けている美智子さんの方がうわてということか。
はてさて、どうなる事やら。
とりあえず、八百屋をしっかりやって、淡々とベビーリーフの種を蒔き続けてとこう。
アルファーのみなさま、一年間ありがとう。
頼りない社長をよく支えてもらって、本当に感謝しています。
その会社を、見捨てず贔屓にしていただいた方々、誠にありがとうございます。
おかげさまで、みんな希望をつないで、またお役に立てるよう励みます。
読んでもらっても、読んでもらえなくても、書き続けますが、この12月はどういう訳か、15000ページも読んでいただきました。
その数が、記事を明るくしている事は確かです。
コメントを寄せて下さってる方にも感謝しています。
何のお役にも立てませんが、来年もまた底の浅い事を露呈しながら、あることないこと陽に包まれたいと思います。
どうぞ、みなみなさまに良いお年であることを祈っています。
一年間、ありがとうございました。
2012.12.29 Saturday
岡本太郎の凄さ!
昔、David Bowie が、『 20年後に聴いても新しさがあるように・・・ 』 って言ってた。
だから、このブログも、10年後の自分に手紙を出している気分で、
その時に読んで、『 おー、なかなかがんばっとる 』 と思えるように毎日を過ごしている。
この作品は、1972年の出来事のために作ったはずだから、40年前になる。
まったく、時代とか、そんな次元を通り越していて、いつも今に存在する輝きとして、
傍に例え、40年物の樹木があろうとも、よほど命を帯びているかのように、聳えている。
もう何年も、冗談を言う楽しみを忘れていたが、また冗談に包まれて毎日を明け暮れている。
だれもがお金を求めて生きているのに、お金を必要としなくて、ただお金を欲しがる状況を作り出していく状況に、
物申すには、写経と美味いもんを提供する生業をしながら、毎日を楽しむって手法しかないと思いながら、
冗談に今ひとつ欠けていて、そういうことを思い起こさせてくれる沖縄出張だったが、
すこしさびついたセンスにまた磨きを掛けて、ひとに腹を抱えてもらう喜びを思い出そう。
2012.12.27 Thursday
捜索
普段から、あまり始末の良い方ではなく、机の上も雑然としてしまう。
いつだったか、出先から会社に電話を入れて、この机に行くように言って、中澤に名刺を探してもらった。
「 〇〇のように置いてあるから、そこの〇〇の辺りに〇〇さんの名刺があるから、・・・・ 」 と言うと、
「 すごい、神経衰弱のようになっていますよ 」 と言われて、少し整理をした。
以前は、探しやすいようにグループ分けされていたが、今はそんなに多くの人と出会わないので、大体時系列順になっている。
それでも、根がずるい人間なのか、中川も持っていそうな方の名刺は、中川に聞きに行った方が早いので、
「 すまんけど、〇〇さんの名刺を持ってる ? 」 と、見せてくれと頼みに行く。
そうすると、中川は、さすが理路整然としていて、さっと出してみせてくれる。
本当は、「 儂の分の名刺も、そうやって整理してくれる ? 」 と言いたいが、ずるくてもそこまで面の皮が厚くない。
最近は裏業を覚えて、ネットで企業名を入れると、大概必要な方の事は出て来てくれる。
なんと、便利なツールだこと。
2012.12.26 Wednesday
DONOVAN live in Japan 1973
このレコードは、溝が擦り切れるくらい聴いて、
引越しが重なっているうちにレコードとも別れ別れになって、その後はテープが伸びてしまうくらい聴いた。
それから、続々とかつてのレコードがCD化されていっても、このアルバムだけは出てこなかった。
特に、DONOVAN が好きって訳ではなく、ただ、このレコードが好きっていうだけなのだが、
今回、気を入れて色々調べていたら、やっぱりこのレコードが・・・というひとは他にもいるみたいで、
欲しいって人も、売りたいっていう人もいるらしいが、値段がウン万円とはいわないが、1万円近くて、
つい先日、種田山頭火の句集本を同じような価格で買ったばかりなので、思わず買ってしまわないうちにページを閉じた。
そんなんで、買う事を控えていたし、買ってもレコードじゃ聴きようも無いので、もう諦めて、その事自体を忘れていた。
ひとつだけ、何処かの誰かが、レコードは売ったが、CDに録音して残しているって記事があった。
いよいよとなれば、ダビング ってメールで交渉してやろうか とは思っていた。
そうすると、やはり日頃の行いが肝心というか、神様は見ておられるというか、念のために枕元に置いておいた靴下に、
入っていた。
しかも、あろうことか、レコードだけじゃ無しに、CDに起して。
「 ああ神様、これからも精進いたしますので、何卒宜しくお願い申し上げます。 」
2012.12.24 Monday
実は・・・・
こっそりと、見に行ってきた。
みんな並んで、観るというより通り過ぎてるだけなのに、その部屋に入ったら、案内の女性が、
『 並ばず観たい人はこちらに・・・・ 』 と、私に二度も三度も声を掛けてくれた。
ように聞こえた。
よほど私が、並ぶのがいやで、並んだら自分の番で居座ろうとする人間に見えたのか。
そんな事はないだろうけど、これが特等席で、並んでみる人と人一人分後ろというだけで、いつまでも居座って観ていられる所だった。
たまに後を気にして、振り返って見るのだが、誰も早く替われよという顔をしていない、それならとまたじっと観てる。
正直に言うと、ぱっと見た瞬間、何も感じなくて、『 わりと地味なんや 』 と思った。
後光が差してるとは思わなかったが、よく雑誌やなんやで見る写真は、もっと際立ったものがあったのに、実際はそうでもなかった。
だけど、不思議なもので、その場に佇んで、長く観ていると、どんどん惹きこまれていく。
引き込まれていくのに5分と掛からなかったかな。
なんか、だんだん、だんだん、じわじわ じわじわと、引き込まれていって、
こんどは、その場に居座るつもりはなくても、離れられなくなって、
油絵ってのは、アムステルダムで、ゴッホの書いた絵を何枚も、それこそ何枚も観ただけだが、
タッチの細やかさに驚いて、半日その美術館にいたと思う。
何がどうという事は私には分らないが、その絵の前にいれば浸れる<気分>というのは分り、
同じように、フェルメールのこの絵も、そんな気分にスッポリと包まれて、そこから出たくなかったって云うのが正解かな。
実は、この絵、ガラス越しに観ていて、生では見られない。
更に実は、ガラス2枚越しに見ているのではないかな。
見る順路として、他の絵が沢山並んでいるところから始まり、
そこで、人の流れに沿ってみていたが、どれも退屈で、「 なんでガラス越しなんだろう 」 って最初は不満げだったが、
10枚ほど見たところで、< しんきくさいなあ > と思ってしまい、その流れから離れて、目的の絵まで飛ばすことにした。
その絵は、違う建物なのか、途中で階段を降りて行かないと駄目なのだが、その美術館としては急な階段の終わりに差し掛かったとき、
年配の奥さんが手すりに摑まりながら、一段、一段と慎重に降りていて、先に御主人と思しき方が、心配そうに、でも早く来いよという顔で、
待っていたので、自分もその奥さんのペースに合わせて、後から見守るように降りていった。
< 真珠の耳飾 > の前で、ずうと観ていると、左の並んで進む列で気配がして、ロープ一本隔てたその場には、
先ほどの夫妻が進む列から、角に退避し、私の横で立ち止まって観ていて、しばらくすると、やおら絵描き風の御主人が双眼鏡を構えた。
婦人に双眼鏡を渡し、「 ピントは合っているだろう 」 と反応のない相手に繰り返すと、「 合っているわよ、ちゃんと見えてる 」 と、
心配しているのか、双眼鏡をもう一度自分に返せと言いたいのか、その会話が何度か繰り返それていて、可笑しかった。
私も、その双眼鏡が、貸して欲しくて、「 貸して欲しいなあ 」 という気分を出してみたが、「 みはりますか 」 とは言ってもらえなかった。
双眼鏡でなら、細かいタッチが見えるかな、と思ったからだが、厚かましく申し出る気にはなれなかったし、
ガラス越しで、直に伝わってくる気配が無さそうだったので、それも忘れて、その場を立ち去った。
なんか、オマケみたいな時間が過ごせて、不思議な巡り合わせに喜びを隠せない。
2012.12.23 Sunday
お土産
玄関から入ると、この壁が正面に見える。
随分むかしに、上から吊るしてあるシーサーを買って来て、このマンションに引っ越した時、ここに飾ったら、
娘が、「 お父さん、怖い 」 と言うから、仕方無しに右の壁に掛けていた。
こうして、正面に持って来て、ダウンライトに照らされてみると、
やっぱり、迫力があって、鼻から光が吹き出している。
先日、沖縄出張に同行した中澤が、ホテルのみやげ物売り場でしゃがみこんで、
何やら嬉っそうに、細い目を更に細くして、ニコニコ笑っていた。
一いったい、売り台の上の何を見たら、そんなに笑ってられるのか、不思議になって覗いてみた。
真ん中の < おかえり > が、乗ってた。
確かに、笑える。
それで、買ってきた。
両方の脇をかためているのは、バンコクで大昔に買ってきた、 ね 子 。
片方が、せっかく、シェー をしてるのに、相方はまったく無視して寝てるところが気に入っている。
2012.12.22 Saturday
津堅島 フルーツ人参
< 津堅島 フルーツにんじん > の栽培状況を確認に行った。
今年の初めに、現地の方の斡旋で、予告なく出会って、同じ、島での暮らしを考える者として、
感じるところが多く、今までのような、「 出来たら出荷してください 」 ってだけで、後は個人的に仲良くなって、て程度では済まなく、
もう少し前のめりにお付き合いしたいと思うようになって、取引がスタートして、互いに満足するところまではいかなかったが、
可能性は充分に感じられて、飛行機に乗って2時間弱、船で30分ほどで来られる手軽さも手伝って、この人参に期待を寄せている。
まだ固まっていない組織なので、この先の事も不透明であったが、どうやらスタートとして、落ち着くところに落ち着いた感がある。
「 毅さん 」 とは、よく耳にした名前だが、選別作業場にいたどの人がそうなのかと思っていたが、
この時初めて、「 ああー このひと 」 と出会えた。
迷彩服姿がよく似合い、西アジアで兵士をしていも、眼を除けば違和感がないような風貌だった。
彼が、グループの出荷品質等を責任持って、メンバーを指導してくれるという事で、ここが一番肝心なので、どういう人かと知りたくなった。
ちょうど、トラクターに乗って来て、今から耕起する畑に乗り入れて停めていたので、話よりも仕事振りを見たくて、
「 ちょっと、あのトラクターで、向うの畑を耕して見せてよ 」 と声を掛けた。
訝しがる目で私を見て、彼にしてみたら生育状況の確認と話をしに来てると思ってたのだろう様子で、「 今か? 」 と問われたが、
口を結んで、無言で答えると、素直に従ってくれ、踵を返すように歩き出したので、今度は私が後に従って行くと、
やおら乗り込んだかと思うと、想像以上に慎重に、ゆっくりと動かして行った。
この畑は、なかほどの緩衝地帯に電信柱があり、その支柱が畑に、ロータリーの幅、半分張り出している。
その障害物を、ターン2回で、余すところなく耕したので、ビックリした。
私は、単にカーブして迂回する程度に進むと思っていたからだが、 でも、 私もそうする。
そうして、向こうの端まで行き着くと、車体分の残りを横に走り、
今行ったロータリー半分跨るように返ってきて、支柱を真っ直ぐにクリアーして、帰ってきた。
帰ってくると、 サッ と降り、「 こんなもんで、いいか 」 「 いや、充分だ、ありがとう。 」 と、アッサリしているが、
彼の仕事振りは充分に分り、< 信頼していいだろう > と、宿題として預ってきた、中川に報告が出来ると思った。
肝心の生育状況だが、残念ながら、9月の台風に、8月播種した畑が流されてしまい、蒔き直しとなった為、
今年よりも、20日ほど、発入荷が遅れてしまっている。
待つしかないのが、八百屋の立場だ。