ターミナルでの掃除
どの程度のペースで掃除をしてくれているのか、
女の人が交代で、トイレ掃除をしてくれている。
なので、いつ行っても、きれいなトイレで気持ちがいい。
朝礼で御礼を言って、その分、男は床磨きを一週間に一回する事にした。
約束しないでも、いままでずうとその通り週一回は、220坪の床を水を浸した2本のモップで拭き掃除をしていた。
ニチエーの檀上さんが来てくれた時、『 ごみひとつ落ちていない 』 と褒めてくれていたが、
白いズック靴が、一週間で真っ黒になってしまうくらい、ほこりが多い。
一時間程度かかるが、おかげさんで、ピカピカではないが、土ほこりが一掃されて気持ち良く仕事ができる。
我ながら、なかなか、いい職場だ。
作業振りも、わずかひと月で、なかなかいい。
最初のひと月の目標は、先ずクリアー出来たと思う。
8月の目標は、流れを作ること。
『 段取り 』 という言葉があるが、これを言うとみんなは、
作業準備をイメージして、作業の切り替え時をスムーズにと思うが、そうではない事を説明していく。
入荷から、出荷作業まで、すべてが流れ作業なので、その前の作業のひとにどのようにしてもらえば、
自分の作業がしやすくなるのか伝える、次のひとの作業の為に、自分はどのようにすれば楽になるのか考える。
これを、私は 『 段取り 』 と呼んでいる。
作業の切り替えは、放っておいても、半年もすればスムーズに出来るようになる。
隣りのひとが作業しやすいように、自分の作業を如何にすればいいのかを考える事は、
隣りのひとと無言の会話になる。
自分は、この事が大切と思っている。
ある程度、この月で一人一人の個々の作業は、出来るようになったので、
次は、その個の作業を、つなげていく必要があって、これが出来れば、職場で一番大切な信頼関係が出来る。
8月は、この点を目標に、ガンバル 。
9月は、みんなが一番苦手そうな、数値管理に挑む。
一緒に働く息子が勤めていた、年商が400億円ほどもある物流会社の会長は、
『 物流は、数値に始まって、数値に終わる 』 と言ったそうだ。
その通りと思う。
そんなに大きな話でなくても、その作業の出来高をみんなで共有することになって、
それで、数値目標というネタで、みんなが共通の目標に向かえて、8月に培った信頼関係が、
具体的な 『 実 』になって、文字通り、実を結ぶ。
その時が、この老齢ホームが自主独立できる日となる。
楽しみな事だ。
みんなに、儂を世界一の幸せ者にしてもらおう。
へ へ へ 。
磁力
地球に届く、磁力が弱まっているらしい。
先日、ターミナルで、パレットを素手で動かした時、棘が刺さった。
その棘が、残っていたのか、化膿はしていないが、やはり治りが遅く、未だに排出しようと盛り上がっている。
これは、一生の傷になりそうだ。
どうも、地球温暖化というのは、CO2 削減というのは、嘘っぽいと思って、
あの頃は、いろんな人にそんな話をしていると、
40年程前、この仕事で同じ日にスタートしたという因縁の神足さんは、
10年程前に、 『 そうだ、温暖化で寒冷化だ 』 だと訳の分かんない事を言っていた。
よくよく聞いてみると、太陽は活動を弱めていて地球は寒冷化してきているが、ヒートアイランドで温暖化だという。
たしかに、都会の夏は暑く、田舎の冬は寒い。
『 猛暑 』 だと言わないと、家電屋も怒るのか、報道というのは実にええ加減になっている。
もうひとつ、蜂が死ぬ農薬というのがある。
これも、食の安全や、環境破壊に喧しい方たちは、声高に叫ぶが、私は疑っている。
蜂の世界に異変が起こっている事は、私も認めているが、それが農薬のせいかどうかはそんなに確信が持てない。
結論ありきで、蜂が少なくなった理由を探しに行って、適当な実験結果を見つけて、その仮説を結論付けてしまう。
こういう人たちの中に、どれだけの方が、蜂が少なくなったと実感できる生活様式で生きているか、と思ってしまう。
実にええ加減な、どこかの文章の孫引きの孫引きのような、すでにうわさに過ぎないレベルの事を、
あたかも、見て来たかのように言い、それがひとをミスリードする結果になるかも知れない可能性には、目が行かない。
増井の言う、一億総評論家みたいな時代というのは、言い得て妙な気がする。
小豆島では、確かに、最初の数年間に比べて、ぶんぶん蜂も、スズメバチも、減っている。
では、あんな山の中で生息している狭い範囲の蜂が、減ったから鹿とイノシシがネオニコチノイドを撒いているというのか。
『 情報の透明性 』 というのは、正論・反論の反論も充分検討・公開した上で、その判断を受け手に委ねるという事なのかな。
今年の夏は、毎日毎日、ターミナルで仕事をしているが、この10年程、毎週、週の後半、小豆島に通って、
炎天下の畑で、冬至南瓜用のマルチ張りをしたり、50℃超すハウスの中で、ベビーリーフの作業してきた自分にとっては、
天国とは言わないが、近年に無い楽な夏で、あのズボンを通り越してベルトまでびしょびしょになる夏が懐かしい。
Tシャツも、自分では脱げないで、嫁に裏向けに引っ張ってもらって、脱いでいた事が懐かしい。
そのまま、風呂場に飛び込んで、水のシャワーで火照った体を冷やして、暑さに塞がってしまった耳の穴に、
空気を送り込んだり、熱を持って煮え立つ脳みそのたんぱく質を、冷やした血液で冷まそうと集まる血を下げたり、
宇城市の35℃を少し超えた程度のハウスで、とまと談義をしている農家に、 「 さすがに吉田さんは涼しい顔をしている 」
と、言われたり、とかく暑い条件の夏を乗り越えてきた自分の身体にとっては、冷蔵庫が寒くて、フリースの上着を着ている。
たまに、疲労がたまって腰に来る事があっても、しばらく間を置くと、それも回復してくれる。
ただ、脳の中にわいてくる、ここで荷物を担いでいる場合じゃない、という想いの始末に困っている。
ここに集まって来てくれて、楽しく仕事をしようとしている、おっさんやおばはんの為に、仕事を作りに出掛けないと、
せっかく、水を得た魚のように、過ごしている新しい形の老年ホームを、なんとか発展させたいと思っている。
一人一人の話に耳を傾ければ、よくもまあそんなに苦労を重ねてきたもんだと思ってしまう。
そんな苦労が、吹き飛ぶ場所を作ってみたいもんだ。
野菜
蝉の声は真夏だが、気温は最近の夏の様子ではない。
朝は、子供の頃の、ラジオ体操をしていたような、そんな涼しさかな。
暑くて、眠れぬ夜も無い。
先日、忙しいさなか、とまとの美しさにホレボレして、思わず見入っていた。
野菜って、どうしてこんなに、きれいなんだろう。
いのちと宇宙は、密接な関係で、同一の事なのかも知れない。
この美しさは、決して無秩序ではなさそうだ。
偶然のたまものというのも実はなく、偶然と思える事も、私の無知からで、
確率の低い反応が規則的に稀に現れるに過ぎないような気がする。
美味しいとまとが少ない中で、おかげさんでアルファーには、美味しいとまとが入荷してくる。
じゃがいも、玉ねぎ、にんじんに始まって、とまとやオクラに至るまで、美味しい野菜が揃って来た。
かつては、暴飲暴食という言葉を使い、今では 『 過食 』 いう言葉を使うようになった。
これは、『 美味しい物を少し食べよう 』 という事に繋がる。
先日、出雲にいる時に、山田専務から電話が掛かってきた。
お客さんは勉強をしているというので、専務程じゃないけどねと応えたが、
専務は、ほんとうによく勉強をされていて、今回は 『 Intelligence 』なんて言葉が出て来た。
私に、 『 知的好奇心をくすぐる 』 という戦略が出て来て、早や20年になるが、この道を通っているのかも知れない。
とまとの美しさに似た、歓びを感じた。
いや、7時なってる、こうはしてられない。
出雲
何てとこだったか忘れた。
最近、極端にカタカナが覚えられなくなった。
出雲市の施設で、会議や行事や、宿泊ができ、おまけにこの建物は結婚式の為のチャペルと見える。
まさか、出雲だから神前結婚で、神殿という訳でもあるまい。
宿泊した部屋から見える景色を眺めていると、なにやらここは市の中心地らしい。
塩冶町という場所だが、ウシオさんの本部もこの町名だったような気がする。
となりは、市民会館が併設されていて、直ぐ窓の正面に警察署がある。
その向こうは、電波機のタワーが見えるので、電電公社かな。
その右には、ハローワークなどと軽い名前に成っちゃった職安の看板が見え、
左には、出雲市民病院が見え、鉄道を挟んで向こうには、焼却炉らしき煙突が見える。
そこから右奥の山の中腹には、少し違った煙突が見えるので、ひょっとすればあそこでひとは煙になるのかも知れない。
すこし、目を左に転じると、山の中にポツンと、何かレジャーランドの宿泊施設のような大きな建物がある。
ここまで来ると想像力が掻き立てられ、あれは養老院かなと思ってしまう。
分かり易い街だったった。
前の庭には、桜の古木が4本植わっていて、彦根の芹川堤の桜ほどではないが、
それでも、200年くらいは経っていそうな風情だった。
この7月に、ウシオさんは社長が代替わりされた。
新社長のお話は、中身がすっきりして奥深い内容だった。
メールやなんやで、じっくりお聞きする事は出来なかったが、久し振りに科学的に考えるという事を考えてみたくなった。
きいろいさくらんぼ
初めてのはずの、黄色いさくらんぼを見て、何だかとても懐かしい気がした。
そういえば、子供の頃にゴールデンハーフという、アイドルグループが、ウッ フ〜ン と唄ってた。
食べると、たしかにお色気のある味だった。
なんと、立派な粒揃い。
作業を見ていると、ひとつ、ひとつ、軽く拭いて詰められていた。
そういえば、山形の矢ノ目君は、どうしているだろうか。
来年は、山形と、この北海道のサクランボリレー、をやりたい。
どこまで、お客さんが着いて来てくれるか分からないが、とどのつまりは、
お客さんの所得層の問題ではなく、食べる楽しみを知っている方をどれだけ集客できているかで、
これは、普段から、美味しい品物を集めていないと、食を楽しむお客さんは集まってくれない。
集めるお客さんより、集まってくれるお客さんへシフトするなら、
私が金沢で話した、『 結果から物事を考える 』 通り、
美味しいもの好きのお客さんが集まった状態のとき、何をするかと言えば、
美味しい物をたくさん集めるに決まってるんだから、そうすれば、今からその状態を作らないと、
食を楽しむ人は集まって来てくれないに決まっていると思うのだが、どうだろう。
いまは、ターミナルで、美味しいトマトをバンバン赤字で覚悟で、
350gup なんて有りもしない表示をしながら、
これは、計っても仕方が無いので、重量不足というクレームを避ける為だけに書いているが、
実際には、バリッ とした商品を作るために、500g 前後は入っているとまとの商品作っている。
お客さんに結果から物事を考える事を望むなら、自分からやらないとダメなので、やっているが、
これも、伝えなければ、馬鹿の謗りを受けるだけ だろう。
今期は、大変なことになりそうだ。
でも、そうじゃないんだと思えば、そうじゃない事を、とことんやるしかないかな。
中谷さんのズッキーニ
毎日、毎日、ターミナルで、野菜と格闘している。
すべてが終了すると、雪岡君が全在庫の棚卸をしてくれる間、
私は、翌日のパレットの準備をする事が習慣になって、フォークリフトに乗っている。
10年程前は、毎日、毎日、小豆島の1反ほどのみかん畑を、3段のハウス畑に換える為、ユンボに乗っていた。
日一日と、その操作が手足になるまで、下手くそながら身体に滲み込ませていた。
今度は、フォークリフト。
不思議なもので、右の脳が覚えるのか、左の脳が覚えるのか、
それとも、腕の細胞のひとつひとつが覚えていくのか、歩き出す時に考えなくても、
どちらかの足が前に一歩踏み出すように、右手も左手も、勝手に動き、時間はかかるものの、目的は果たせるようになった。
ひとも、多少の問題はあるものの、ひとりひとりのテーマを見出し、そのテーマに沿って動き出した。
ただ、ユンボやフォークリフトと違い、ひとは独立した頭脳と感情を持っているので、機能し始めれば、
笑いを提供してくれる。
これで、息子たちが入社面接した女性、すべて、面談を終えた。
先月、朝に休憩室に置いてある品物を取りに入ると、10数人の女性がたむろしていて、
野郎どもとは異質の、その女くささにびっくりした。
小豆島で、ベビーリーフがたむろするハウスに入ると、気持ち良かったが、
あの休憩室は、なんなんだ。
もし、あの部屋が、離れ小島だったとしたら、何としても海に飛び込んで、隣りの島まで泳ごうとするだろう。
そんな戯言より、画像のズッキーニ、なかなかいい雰囲気の商品に仕上がっている。
今年の夏は、こういう小物類が面白そうだ。
業務用大根
業務用大根という触れ込みですが、作業を見ていると、殆んど普通の大根と変わりない。
一本丸ごと頭の先から足の先まで、普通じゃない箇所がひとつでもあれば、規格外に落としていた。
夏場の大根なんてのは、北海道くらいにしかなく、信州にもあるかも知れないが、いずれにしても高い。
高い上に 有機栽培なので 更に高い、更に高い上に、 重量物だから 運送費比率が高く、更に更に高くなる。
これ等の要素をあわせると、ひょっとすれば、喜んで頂けるお店もあるのではないかと、企画する事にした。
普段なら、運送費負けをして扱う事が出来ない 『 有機栽培大根 』。
包丁を持って来て、私でも歯が立つように上手く切って、味を見させてくれた。
さすが、夏の大根、柔かくて、甘みがあり、じゅうぶん生で食べる事が出来なかった。
彼は、10年も新規就農の研修、昔なら修行というところだろうが、を積み重ねただけあって、実に美味しい大根だった。
この有機大根を、なんとかうまく販売してほしいと思った。
ハウスの中を作業所にして、上手いラインの作り方をしていた。
出来てしまえば、何でもないラインだが、白紙のところにこのラインを引くには試行錯誤が要ったことは想像つく。
キッチンも、L 字型の方が使いやすい。
この部分は、畑から軽トラで収穫してきた大根をそのまま洗浄の水槽に浸ける事が出来る。
紺色のシャツを着ている彼は、洗浄と葉を切り、コンテナに入れる。
奥のグレーのシャツ君は、その葉が切られた大根を、A 品 と B 品に選別して、A 品は重量選別する。
B 品は、棚の下段に入れていく。
その L 字の一辺を共有して、次の 逆 L 字ラインに繋がっていく。
この彼が、選別された大根を箱詰めしていく構造になっている。
新規就農だけあって、ライン具材のほとんどは廃品の再利用と思われる。
知恵で、経費軽減を図っていく彼は、聞いてみると大根踊り東京農大出身だった。
奥の二人の彼は、目下新規就農研修中。
もしかすると、この新規就農者の研修システムは、優れものかもしれない。
私は、こうして各地の農家を巡っているが、農業は後継者不足なんてことは無さそうな気がする。
日本の農業に危機が来るとすれば、もっと別な人為的な要因だと思う。
このところ、おかげで涼しい夏を過ごさせて頂いている。
二代目
腕時計をすると、どうも肌が負けるので、腕時計をしてターミナルで頑張っていたが、やめた。
でも、いったん腕時計で時刻を見る習慣が出来てしまえば、時計が無いと不便に感じて、家から時計を運んだ。
この時計、実は二代目。
隣りに机を並べている末っ子が、 「 ずいぶん、なつかしいね 」 と、言ったが、
あの子が、新潟から遊びに来ていた子供の頃には、既にあったはずだが、あの頃に一緒に住んでいた女性が買ってきた。
なんで、どこで、買って来たかは分からないが、気に入っている様子だったので、
とりあえず、自分も気に入っていた。
ところが、何かの拍子に落として、時計は壊れるし、トレーニングしているバーベルも割れて壊してしまった。
これはまずいと思って、瞬間接着剤を駆使して知らんふりをしていたが、
ほどなく、どこかの時計屋さんだったか、売り場だったかで、偶然目に入ったので、
そっと買ってきて、入れ替えておいた。
その次に一緒に暮らした女性は、まったく興味を示していなくて、電池も切れたままに放置されていたが、
いま一緒にいる saeco は、気に入った様子で、電池を入れ替えて使っていた。
ターミナルに持って行こうとすると、 「 私、見てるんだけど 」 と言ってたが、
無視して、ターミナルの机の前の桟に置いた。
この豚さん、セットしておくと、 「 おはよう・おはよう・おはよう 」 と、けたたましく起こしてくれる。
さくらんぼ
余市に行ってきた。
世の中には、美味しい食べ物がいっぱいある。
果たして、日本を出ても、これだけありとあらゆる食べ物がおいしい地域があるのだろうか。
どこの地域でも、美味しく食べてもらおうと、ひたすら努力をしている人は大勢いるけれど、
やっぱり地域の環境特性というのには、補いきれない事象があるのかも知れないな。
そうは思いたくないけれど。
今回、びっくりしたのは、 『 南陽 』 という品種。
ル・レクチェ の美味しさに似ている。
どんな花が咲くのか、花の時期に行ってみたいと、
いつも、果樹園に行くと、そう思う。
ところが、そう思いながら、一度も花の時期に産地に行った事が無い。
花より団子でもなく、花より商売なのかも知れないな。
でも、ほんとうに商売の事を考えるなら、花の時期に行けば提案に繋がるんだろうね。
絶品のたまねぎ
朝、8時の飛行機に乗って、北海道をまわっている。
とまと、きゅうり、たまねぎ、きたあかり、めろん、みにとまと、とまと、やまわさび、
6ヶ所も、広い北海道を移動した。
リッター12km程度は走るであろう車のガソリンが、無くなり、最後の山わさびでガソリンを貰って来た。
となりに、醤油を借りに行った事はあるが、ガソリンを借りに行ったのは、初めてだった。
画像の池田さんは、昨年も訪問した。
あのままでは、玉葱を頂く事はなかったと思うが、
有機肥料だと思っていた堆肥が、実は化成窒素が混じっていたなんて出来事が切っ掛けで、
僅かな量だが、少しでも助けになればと思い、頂く事にしたが、これが、目からうろこが落ちるほど美味い玉ねぎだった。
きょうも、産地まわりは、朝の7時からつづく。