今年は長くなりそうだ
今回は、行きも帰りの蕎麦だった。
行きは、黒豚のせいろ、帰りはあなご蕎麦。
長い1月で、未だ明日も1月。
このように、今年は革命前夜のような長い1年になりそうな気がする。
我が社は、対前年比で言えば1月も115%程度の伸びをしていているが、浮かれる気持ちはさらさらない。
そもそも、前年対比というのも過去の遺物のような気がする。
去年と比べていて、其処に何があるかは来年も今年の延長線上にあると、
つまり、2が3になり、3が4になったり5になったりする事が前提で、
いきなり、ちょんまげを切れといわれたり、刀を捨てろと言われたりしたら、去年のことが何か価値の基準になるのだろうか。
人は自分の価値観を物差しにして、人の遣っている事を計り結論を出そうとするが、
実際には、そんなことは思い過ごしで、子供の頃に父親に教わった『下手な考えは休むに似たり』のような気がする。
これは、兄貴からも言われたことがあり、将棋をしているときに考えなきゃ負けると思って考えていると、
『 お前、考えようとしてるけど、何を考えていいのか 分からんやろ 』 と頭のてっぺんに突き刺さった。
『 普段の勉強が大事なんだ 』と教えてくれた。
そもそも考えなんて、ひとつひとつ積み重ねていくものではない。
結論は、出来上がりの状態を想像できるか否かにかかっている。
出来上がりの形を想像できてしまえば、何故出来上がっているのか、それぞれのパーツを見てみれば、
然るべき条件が揃っている事がよく分かるので、そのパーツを更に分解すれば、今の状態とのギャップが見える。
そのギャップをどのように埋めればいいのか考えれば、つまり考えられるところまでパーツをバラせばいいだけになる。
ひとの玩具がほしくなり、手に入れては見たもののさして面白くも無く、おもちゃ箱の奥にほったらかしなんて事はよくある。
それを、周りの人間が、あいつがあの玩具を手に入れたのは、こうこう、こうして遊ぶつもりなんだとか、
持っているお金が天文学的な数値の違いがあるのに、下世話なことを考えている。
よくよく聞いてみると、その玩具を手に入れるために支払ったお金は、
手に入れたことで、自分の価値が上がり、既に回収できているそうだ。
そんなこったろうとおもった、とはこういうときに使うのかもしれない。
それでは、400年世界を支配してきた人間は、どのようにしたら都合がいいのか彼の気持ちになって考えてみよう。
相変わらず小競り合いさせていればいいとだけ考えているのだろうか。
お勉強会
朝早く起きて、お勉強会に来た。
なかなか私にとっては実りがあった。
お勉強と言っても、はじめて出会う事実というのはあまりなく、
むしろ、自分が普段考えていることを再確認みたいなことがほとんどだが、それでも自分以外のひともということ。
ある意味、自分がほしい結論を見つけて喜んでいる方が多くて、必ずしもニュートラルで臨んでいるかというと疑問も残る。
終了後、座談会形式の親睦会という事もあり、日帰りは疲れてしまうので、お付き合いさせてもらった。
想像通りに両脇に話ししたいと思っていた方が座られて、こちらも来た甲斐があった。
ところが、フランス料理のコースだが、前菜をひと口食べて、ウンっと思ったので、
『 えびは 』 は入っていまくせんか、と聞くと鯛です、と言われたので、食べてしまった。
途中で、これは違うなと思ったが、念の為に聞くと、それは大丈夫です。
最初の前菜には入っていましたが・・・
やっぱり。
子供の頃から、お勉強するグループには近づかなかったが、このお勉強好きの人たちの真面目なこと。
最近は、少しずつ慣れてきて、あまり違和感は持たないが、それでもなんか自分を勘違いしてしまいそう。
帰りに、営業責任者という方が待っておられて、名刺を差し出されエビの件を謝罪されていたが、
時、既に遅しだから、『 こういう事は自己責任だから・・ 』 と名詞は差し返した。
聞きはしたが、自分で食べて疑問を持って時点で食べることをやめるのが普通で、ひとに責任を押し付けても始まらない。
少し、頭皮がかゆいかな。
この程度ですんで、良かった。
遠視力
遠く用の視力、分かりにくい表現だが、多分遠くまで見えるかどうかで、
いわゆる近視というのは、近くしか見えないと言うことかな。
視力が戻ってきたような気がしていて、夜に車を運転していても不安を感じないので、
近視のメガネはかけないようになった。
昨日、四日市まで出掛けていて、そのショッピングモール帰るとき、
ふと、視力を測る装置が置いてあったので、測ってみた。
ところが、ええ加減になってきたのは、はっきりとはまったく見えないのだが、
何となく分かってしまう。
それで、当る!! 変だが、当てている感覚になってきた。
昨日の装置は、それを見破っているようで、
「 ホンマか、それやったらこれはどうか 」
「 下だろう 」
「 下じゃねぇよ、じゃあ、さっきのも当てずっぽうだろ 」
「 そんなことねぇ、じゃあもっう一回出してみろ 」
「 これは? 」
「 ・・・右だろう 」
「 ・・・・、ならこれは? 」
「 ほな、これも見えるのか 」
「 ?????? 」
「 ほらみろ、見えてねぇんだろう 」
ってな応酬で、何度も似たような大きさを行ったり来たり。
結果が、1.2
元々、右眼が見えにくいが、右目になったらお互い厭きてきて、あっさりギブアップ
人間とやっているような錯覚に陥った。
なかなか、楽しい相手だった。
めずらしいもん
先日鹿児島に行った時、お昼御飯の場所を探していたら、探すまでも無く直ぐ近くにあった。
山の峰を向こうに下れば、目的のかごしま有機生産組合で、街の方に下れば桜島。
天気の良い日で、綺麗に見えて、なるほど見ていれば気持ちが大きくなる山だった。
子供心にあの山を見れば、自分もあの山のように大きくなりたいと男の子ならそのように思ったとしても不思議ではない。
そこで見た箱だが、中身は小さな樽に入った沖永良部島産の珈琲だった。
ただ、それだけだが、何故か美味しそうに見えた。
2町歩の山に植えても、採れるのはホンの少し。
とても、買ってみようと思う金額ではなかった。
そこは、カフェなのだが、その珈琲を淹れてくれる様な感じでもなかったので、見ただけだった。
翌日、沖永良部の人に聞いてみると、大して興味なさそうな生返事だった。
花がダメなので、何か他の換金作物を探しているんじゃないんですかって。
地元のひとのそういう話しは案外怖いんだと思い直した。
農業ってのは、地元の人に人気がないと、スーパーマーケットは地元の人に人気がないと、
評判ばかりを気にしていられないが、昨日は新潟から遙遙一番古いお付き合いの仕入先の息子さんが来てくれていて、
長い時間、頑張って話していたので、85%まで回復していた朝から、70%に逆戻り。
火曜の朝に、菊花のハーブティーが効いたのか、思った以上にスッキリ眼が覚め、
自分たちの情報収集力に正しさを再発見したが、満足をどこにもって行けばいいのか分からない。
アメリカからも『 どこまでいっても、いつも何かに追いかけられているみたいで大変 』 だと手紙が来たが、
そんな気分がもう20年ほど続いていて、あれっ、伝染したかなと思ったが、まあ面白がってくれているならいい。
20年
このマンションも20年経つから、インターホンとガス給湯器を換えることになった。
見てくれからして違うが、給湯器の方はあまり進化していない。
でも、インターホンはTV電話の留守電機能付みたいな物に変わっていた。
という事は、爆発の危険性があるガスより、人間に対する安全対策が進んでいるという事か。
食品に対しても『 安心安全 』とみなが口を揃えて言うが、これは人間不信の現れなのか。
ふと、33歳の4月に新潟の生協に勤めたときのことを思い出した。
初出勤が少し離れた地域でのイベントの日で、初日から大遅刻をした。
事務所に付くと、扉に張り紙がしてあり、先に行くから追いかけて来いと住所が書いてあった。
いまならNAVIがあるから何の事は無いが、当時はそんな洒落た物は無く、どうして行ったのか覚えていない。
そんな事ではなくて、その後地域の理事の方と一緒に集合住宅のひと棟を割り当てられて、
生協の班を作る、何て言えばいいのか、まあ訪問販売というか、勧誘みたいなことをしろと言う事だった。
たしか茂木さんという可愛らしい奥さんだったが、私が勢い良くドアをノックするので、少し引いていた。
上から順に階段を下りようという事で、4階から始めた。
最初のおうちは、『 私は、そんなことにまったく興味ございません 』って顔で、
それは、5分粘っても5時間粘っても、5年粘っても、一生変わらない顔だってことはこっちも分かるので、
『 あらっ、それは申し訳ございませんでした 』 とひと言で退散して、その向かいのドアを叩いた。
次に出てきてくれた方は、話さなくても分かってくれそうな顔つきの方で、
5分話せば、それならと一緒に班を作るその気のある、方のところまで連れて行ってくれた。
話しが分かるだけではなく、話しの早いひとだった。
それで、その理事さんに聞くと、後日専門の部隊が具体的な説明に来るという事で、それならと早々に引き上げた。
当るも百卦当らぬも百卦、いやもう少し少なかった八卦だった。
八と百じゃ大違いだが、当るも当らぬも同じ率なら12.5で割るか掛けるかすれば同じだからまあいいか。
初日から、そんな仕事をするのも詰まらないので、『 もう、これくらいにしておきましょうか 』 と、
せっかく降りた階段をまた昇る気にはなれず、そのままうやむやにして、集合場所に戻った。
戻ったら、半分以上の職員が戻っていて、『 あれっ、みんな諦めが早いんだ 』 と呆れた。
半年くらいして、みんなが私のことを話題にして、何か言っているので、何の話しだと聞くと、
出勤初日から班を作ったと、班を作ることを専門としている職員が言う。
すっかり、そんなことは忘れていたので、「 それは、何かの間違いだろう 」 と言った。
忘れていたことを事細かに思い出さされて、『 そういえばそんなこともあった 』 と言うと、
今度は、『 忘れていることが凄い 』 と言い、もうひとつ忘れていた初日から遅刻のことはみんなも忘れてくれていた。
今思えば、今頃誰もマンションの玄関のドアを叩いても、不審者として通報されるのが落ちだ。
わずか、30余年前のことだが、ひとの心情というのは変われば変わるものだ。
ひとがひとを信用しなくなれば、信用されないことは特別なことでは無いという事で、
人が本来持っている信頼とか、嘘と誠の分別とか、そういう能力がどんどん退化していくような気がする。
ひょっとすると、私は『 安心・安全 』 という言葉毛嫌いしているのかもしれないが、
これほどひとを馬鹿にした話しはないだろうと思う。
広告宣伝屋が言葉を作る時代になれば、国家が作る言葉の逆を行けばひとの心の鐘を鳴らせるかもしれない。
早退
南の島に行って、人のことを心配していたが、自分がこんなになるとは。
日曜は、しんどくてほとんど寝て暮らした。
寝ても寝ても、疲れが取れず、
おまけに身体の節々が痛くなってきて、
早々に寝ようと思って、ベッドに入ったが、悪寒が走り、
これは参ったと思って、夜中に何度も水を飲みに起きだしていた。
月曜日にはやらなければならないことが山のようにあるので、
なんとか、今日一日と思って、頑張って出勤した。
夕方5時過ぎにようやく終わって、早退した。
ずうと、変なことが頭の中で蠢いていたが、
どうも、パソコンのある地点からある地点までの移動で、ショートカットするソフトが動いていた。
これは、間違いだと自分に言い聞かせても、やっぱりその画面が出てきて、一所懸命ショートカットをやっていた。
家に戻って、洗濯物を取り入れて、ストーブに火を入れて、それで寝室に行った。
窓の外には大きな月が出てきていた。
けっきょく、ハーブティーが効いて回復した。
暖かった
じゃが芋を見に行った。
良く出来ていた。
ただ、年々歳々、飛行機が疲れるようになった。
飛行機を一日4便乗ると、へとへとになる。
だから、鹿児島市内にも寄って来たが、結局は3回乗ることになるので、
考えてみれば、一日目に沖永良部島まで移動をしておくべきだったかも知れない。
金曜日は、毎週しなければいけない仕事がいっぱいあるので、金曜日は早めにホテルに入らなきゃ仕方がなく、
それで一日目に鹿児島空港のホテルに泊まったが、二日とも朝が早く、これではこの先産地周りも人に任せなきゃ仕方がない。
まあ、その時期にも来ているので、それでもいいか。
昨夜は結局11時に帰宅して、今朝は起きたら10時だった。
未だ1月
1月も、もう18日になる。
でも、片方では、未だ1月だという気分もある。
半年ほど前に買った、豚についての観察と考察の本を読んでいる。
昨日は、その家畜としての豚のスペアリブを燻製にして食べようとした話しを書いたが、
今、小豆島では、イノシシとの格闘が始まったばかりで、イノシシが耕すおかげで、草の身張りが良く、
隆々と育っている。
まさか、庭を鍬で耕すことになるとは考えても見なかったが、いよいよ2年振りに、
勝手に2年ぶりと思っているだけで、実際にはもう少し経っているような気がするが、
小豆島の家に戻るという前の夜に、結局庭を鍬で耕して、草の根を起こしていくしかないかな、
と、ぼんやり考えていたが、まさにその通りになった。
こうして豚について書いている本を読んでいると、今更ながらイノシシの迷惑さを思うしかない。
自分の事を忘れて、ならず者と思わざるを得ない。
あの島には、鹿もいれば、野犬もいる。
野犬は、秩序だった組織が見事なだけで、とくにこっちを脅かす事は無い。
鹿は、愛嬌のある顔で、まるで時間が止まっているかの如く、物珍しそうにこちらをいつまでも見ているに過ぎない。
そのように思うとイノシシは、せっかく積んだ石垣をものの見事に破壊するし、畑も荒らし放題。
おまけに、庭にまでやってきて、土を穿り返してボコボコにしてしまう。
あろうことか、風呂に薪をくべに行くと、塀越しに『 自分がいるのに何しに来た 』 としきりに威嚇してくる始末。
相手をしてやろうかと思ったが、寒い夜でとても付き合う気にはなら無いので、くべたら早々に家の中に引き上げた。
ある寝静まる前に、突然イノシシのキィーキィー声が聞こえたので、これは罠にかかったかと思い、
ウッドデッキに出てみると、50m程先で一匹のイノシシの眼が暗闇に光り、
ずうとこっちに視線を合わしている。
あきらかに、
こっちの存在を向こうも気がついて、
コノヤローと思って見ているのか、自分にも害を及ぼすかと見据えているのか、
そこまでは分からないが、事態を把握して、兄弟を見捨てて行く事の心の隙に人間の視線を感じて、
立ち止まっただけなのか、それは分からなかったが、ひと晩中泣かれては堪らないので、
括り罠を仕掛けた本人に、連絡をした。
そんなことを思い出していると、この本に書いている通り、豚にしろ猪にしろ、
人間が環境を変化させて定住していく様と似ていなくも無いと感想は、同感できるところを感じる。
今は、全国至るところで、猪が農業に及ぼしている被害が看過できないところまで時代が迫っている。
いずれ、猪が津軽海峡を渡るときが来るのか、はたまた渡った地はもう少しそういった動物とのやり取りが残っていて、
すっかり人間が大人しくなった地ほど、農業被害が出ないのかそれは分からないが、
食糧危機が間近になるまで、猪との葛藤は続くのかもしれないな。
After all
『 結局 』 って状態は、英語でどのように表現するのかと調べてみると、After all と出てきました。
けっきよく、言葉は記号的な発想が色濃く付いて回っているような気がして、微笑ましくて好感をもてます。
では、逆に英語で After all と出てきたら、どんな普段の日本語のイメージを抱くかと思うと、
結局なんて言葉は、そこそこむつかしく、むつかしいけど、記号的な要素で考えると、同じような気がしますが、
最初に出てくるのは、『 とどのつまりは 』 みたいな感じで、これを漢字に直すと『 都度 』、
「 つど 」 ってのが、いくつか連続して出てきて、そのもうこれ以上出てこないって、
『 詰まった 』 状態で、その事をやむなく諦めて結論として落ち着かせる状態ではないかと思います。
数字もそうですが、言葉も遊び道具としては、充分すぎる要素を持っていて、そこにひとの暮らしの歴史を感じて面白い。
小豆島で、薪ストーブの上に燻製器を置いて、スペアリブを燻製にして食べようと考えた訳です。
でも、その夜に薪を使ってしまうと、次に来た日の夜に薪が無く寒い思いをしなければならないので、
考えあぐねた結果、コンベクションオーブンで焼くことにした。
何も考えずに、スペアリブに香辛料から塩から、色んな味付けをする調味料をすり込んで、
ピチットシートでくるんで熟成させていたのに、とどのつまりは、ありきたりな料理法になってしまいました。
農業をする豚
未だに飽きずにこのひと、ライアル・ワトソンの本を読んでいる。
面白いひとだ。
博士号を一体いくつ持っているのか知らないが、
物事を徹底して調べていくと、博士号くらい結果として取得してしまえるのだろうが、
このひとの特徴は他の学者さんと違って、科学が認めにくい事象を科学的に説明しようとしている点にある。
このことに、むかし興味を持っていた時期もあったが、根が浅い人間だから、そこまで努力することをしない。
眺めて喜んでいるだけじゃなくて、喜んでいる眺めを徹底的に調べていくことから遊びが始まると教えられたことがあるが、
それゃ、スポーツも観戦してても仕方がなくて、そのスポーツを自分でやってはじめて面白いとは思うが、
やっぱり、身体を動かすことは何も厭わないが、調べるという事はじっとしていることなので、
根気とは違う、じっとしていることが苦手で、このことをなかなか克服出来ずに来た。
そろそろかなと思ったが、やっぱり小豆島にまた通うことを始めようとしているのだから、
このまま、一生を終えていくような気がしてきた。
ひとが書いた本の理屈を読んで面白がっていても、仕方がないので、
身体を使って、発見して理屈に結び付けていく作業なら出来そうなので、今生はそれでヨシトスル。
23日に、会社の創業に深く係わってくれた元養豚農家の息子が訪ねてきてくれるので、
それまでに、この本を読み終えて、プレゼントしたいと思っているが、なかなか手にしない。
犬は人間を下から見るが、猫は上から見ていて、豚は同じ目線で見ているらしい。
分かりやすい、観察だと思う。
犬は家出しないが、猫は見切りをつけて家出をする。
従属心と独立心の違いとも言えるが、目線の上か下かの方が根本的かな。