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2020.01.24 Friday

沖永良部島

 

 

 

 

 

 

昨日、沖永良部空港に降り立ったときは、気温が24度もありました。

 

 

 

来週から下がってくるそうですが、南風が吹いていました。

 

 

 

上村優介くんは、南風が雨を運んでくると言っていました。

 

 

 

この島の新じゃがの季節は、毎年雨に悩まされます。

 

 

 

さすがに、神戸から鹿児島、鹿児島から沖永良部島への日帰りは堪えます。

 

 

 

4度の機中は、ずうと眠っていました。

 

 

 

 

今の時期は、太陽も眠りに入る間氷期の終わりに差し掛かっているそうです。

 

 

 

ろうそくが消えるときに最後の輝きをするように、眠りに着く前のひと仕事を太陽がしているのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.22 Sunday

椎葉村 地場産品開発株式会社

 

 

 

 

 

 

 

で、この【 ねむらせ豆腐 】というのが、 なかなか曲者で、

 

 

硬めの豆腐を昆布で巻き、そのまま1年ほど熟成させたという代物。

 

 

御飯に合うので、こういうものは誰が食べても美味しいと思うように出来ている。

 

 

それに沢庵があれば、充分ご飯が満足できるように日本人は出来ていて、安上がりの遺伝子だわ。

 

 

 

それで、この蕎麦、何割蕎麦かは知らないが、食べる限りは充分な美味しさ。

 

 

 

 

椎葉村に惚れて、七草せっとを、自分なりに開発したが、本当に面倒を皆さんにかける割に、

 

 

わずかな口銭で、各工程で協力してくれる。

 

 

北海道以外は、常温で送るのだが、あとは正月明けが冷える事を願うだけ。

 

 

 

昔、よく読んだ小説で、『 天が嘉してる 』 という表現が使われていたが、

 

 

もし、そうであれば嬉しい。

 

 

 

蕎麦は、いついかなるときも、身近にあってほしい食品なので置いておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.15 Sunday

かて〜り

 

 

 

 

 

【 奥山の空気感 】 ということで、七草粥のセット商品開発が出来た。

 

 

空気感とは、水と空気のことで、すべてを生み出す「 気 」エネルギー を差している。

 

 

 

標題の【 かて〜り 】 という言葉だが、改めて大切な考え方だと思う。

 

 

 

 

どこまでのミニトマトが出来るか分からないが、作型はここも北海道とほぼ同じ。

 

 

 

毎年苦労をする、夏場のトマト類がここで出来るなら、お願いしたいと思う。

 

 

 

これで、この村との付き合いのスタートが切れれば言う事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.10 Tuesday

櫨(ハゼ)の塩

 

 

 

 

 

 

で、800年前にここに来て、一番苦労した事は塩だと思う。

 

 

 

昨日書いたおにぎりの塩は、この画像の塩だったらしい。

 

 

 

この塩は、粗塩だと言っていた。

 

 

 

1kg で 1300円。

 

 

 

焼塩って書いてあるように、粗塩を8時間鍋で煎って水分を飛ばしてあるのかな。

 

 

 

買って来たけど、まだ使っていない。

 

 

 

実は、七五三塩って素晴らしい塩に出会っている。

 

 

 

喉を傷めているときに、飽和状態のこの塩水でうがいをしたら、

 

 

 

たった二度のうがいで、直ってしまった。

 

 

 

もちろんうがいの為の塩ではないが、それだけ癒す力を秘めているような気がする。

 

 

 

料理は、材料が9割だと思う。

 

 

 

とりわけ、塩は重大な役割を果たす。

 

 

 

日本の料理は、ほとんど塩が決め手と言ってもいいと自分では思っている。

 

 

 

その塩が、山奥に移り住んで困ったのだろうと想像した。

 

 

 

この『 造って売る会社 』 、一緒に来てくれた彼いわく『 農業する八百屋と同じですね 』

 

 

 

クイズ言われてみれば、って番組が好きで毎晩観ているが。

 

 

 

そしたら、この蕎麦を食べさせてくれたおばさんが、突然『 櫨の実に塩が成る 』と言い出した。

 

 

 

実が成熟すると、ある日塩を噴くそうだ。

 

 

 

このタイミングを見誤ると、直ぐに地面に落ちてしまうそうで、

 

 

 

その塩を採ることが、なかなか大変だったらしい。

 

 

 

でも、美味しかったのだろうと思う。

 

 

 

だから、お金で当時の専売公社の塩が買えるようになった時は、楽になっただろうと思うが、

 

 

 

味が無かったのだと思う。

 

 

 

それで、粗塩を焼いてみて、これで我慢しようとなったのかどうか。

 

 

 

 櫨という樹は、見ても櫨と私は分からないが、たしか蝋燭にもなったと思う。

 

 

 

 

でも、山の暮らしの一端が感じられて、なんだか奥底をくすぐられた感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.08 Sunday

柳田國男と中瀬淳

 

 

 

 

 

柳田國男というひとのことはほとんど知らない。

 

 

 

どういう訳か、あまり興味も持てないで来た。

 

 

 

こういう奥まった地域の古い話しをさせれば、宮本常一って人の十和田湖周辺の話しが面白い。

 

 

 

 

この国の民俗学というと、やはり柳田國男って明治のひとが第一人者となっていると思うが、

 

 

 

その柳田國男が民俗学の最初の本になったのが、【後狩詞記】で、その内容は椎葉村で聞いた鹿や猪の狩りの様子。

 

 

 

 

 

 

 

聞いて、後に手紙で中瀬淳氏と遣り取りした書簡を基に構成されているらしい。

 

 

 

そう達筆とは思わないが、綺麗にまとまった文字で書かれている。

 

 

 

でも、読もうと思えばかなりの根気がいるので、読んでいない。

 

 

 

元々柳田國男って人は、国の農商務官だったが、旅が好きだったのかも知れないと思う。

 

 

 

たまたま出かけた九州の旅で、椎葉村の事を聞きつけて、予定を変えて寄ってみたところ、

 

 

 

この手の面白さに目覚めたってことのかなと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、面白いことはここからで、朝宮崎空港を出て、椎葉村に着いたらお昼時で、

 

 

 

探してくれた蕎麦屋さんが、この画像のお店だった。

 

 

 

店に入ったときは、『 なんや、来たんかいな 』 って雰囲気のおばさんだった。

 

 

 

なので、その気を破るために、『 こんにちわ 』 ととぼけた声を掛けた。

 

 

 

かけ蕎麦とおにぎりのセットを頼んで、お店を物色した。

 

 

 

どちらかというと、蕎麦はついでで椎葉村のいろんな素材を使って食品を造って売っている様子だった。

 

 

 

土産物に美味いもの無しと言う様に、何気なく見ていただけだが、

 

 

 

見るからに美味しそうな雰囲気が伝わってきた。

 

 

 

で、手にとってシゲシゲと見たり、裏面の一括表示を読んでみると、やっぱりまともな商品だった。

 

 

 

 

POP で、一番興味を引いたのは、『 ねむらせ豆腐 』 だったが、生憎通販で受注済みの在庫しかなくて買えなかった。

 

 

 

サンプルがあるらしく、まだ残っていたおにぎりにつけて食べろと持ってきた。

 

 

 

元々、この地域の豆腐は固く中身が濃い豆腐だが、その豆腐を昆布で包んで、

 

 

 

さらしに包んで糠みそに1年ほど眠らせて熟成した代物だという説明だった。

 

 

 

食べれば、なるほど精進料理なら、抜群なウケを取ることが出来そうだった。

 

 

 

要は、気にいったという事です。

 

 

 

おにぎりを食べたとひと口目、塩の強いところに当った。

 

 

 

アラっ と思ったが、それ以上の嫌味が無く、逆に美味しい塩じゃないのと思った。

 

 

 

なかなか、話しをすればするほど面白いおばさんで、分かっていながら話しに乗ってきてくれた。

 

 

 

その中身については、また明日の続きにしたいが、今日は柳田國男と中瀬淳氏との関係。

 

 

 

結論を書いておくと、この噂のおばさんが嫁入りに来た家の義理のお父さんが、中瀬淳氏だということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.07 Saturday

恋の花咲くこともある

 

 

 

 

 

 

街の地域はこんな感じ。

 

 

 

左の鳥居を上れば、椎葉厳島神社がある。

 

 

 

厳島神社といえば平家の神社だが、建てたのは源氏の那須大八郎宗久。

 

 

 

源頼朝が落ち延びた平家の追討に遣わした武士で、この村の入り口辺りに陣を構えて地域を探っていたところ、

 

 

 

京言葉を使って暮らしている連中が居る地域があると情報が入ったそうだ。

 

 

 

このころには、役行者やマタギのように山を巡っている人間がいて、地域の状況を把握していたのだろう。

 

 

 

 

それで、兵を連れて討ちに出たところ、その地域のひとに再び謀反の意思は無く、

 

 

 

山の暮らしに溶け込んで、勤勉に暮らす情景がとても討つ気にはなれなかったのだろう。

 

 

 

そのまま那須大八郎宗久は、そこに棲みついてしまい、あうことか落ち延びた姫と恋に落ちちゃったという。

 

 

 

ひとは、平和に暮らすと恋に落ちやすくなるのだろうか。

 

 

 

画像の道の奥の山を少し上ったところにその住処が残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

この民家の前の像が、そのふたりらしい。

 

 

 

ところが、追討に遣わした宗久がいつまでも帰ってこないので頼朝は、さらに人を派遣した。

 

 

 

あいつはどうなってんだ、お前行って連れ戻して来いという訳だろうか。

 

 

 

それで宗久は、自分がここに居残れば、この村は討ち滅ぼされると思い、

 

 

 

鶴姫とお腹にいるこどもとを残して、この村を出て行く決心をして、

 

 

 

てづから植樹した杉を前に、『  あの杉が生きてる限り、自分のこころもここに生きている 』 と、

 

 

 

頼朝の元に戻って行ったらしい。

 

 

 

生まれたのは、女の子だったそうで、それで婿をとり以来33代、この場所で続いているそうだ。

 

 

 

この古民家は築300年だそうだが、なんと私と同じ年代の女将が嫁に来たときは、

 

 

 

この家に住んだと言っていた。

 

 

 

 

その後、この奥に民宿を建てて、私たちはそこに宿泊した。

 

 

 

夜の御飯は、この古民家の囲炉裏端で食べるコースがあり、そこで久し振りに、

 

 

 

囲炉裏にあたりながら、食後に寝転んで過した。

 

 

 

そのころには、女将ともすっかり仲良くなり、重要文化財のなかでタバコを吸わせろとねだって、

 

 

 

すっかり、ご満悦の夜を過した。

 

 

 

しあわせ、しあわせ・・・

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.06 Friday

抜けるような青空

 

 

 

 

 

国の重要文化財に指定されているそうだ。

 

 

 

この石垣と、横一線に並ぶ住宅様式が。

 

 

 

 

山の中腹ばかりで平地が無い地域で、如何に土地を有効利用するかがポイントの指定なのかも。

 

 

 

 

この地域の石垣を見て歩くだけで、日本の石垣技術の進展が見て取れるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パノラマで写しているので、道が折れているように移っているが、

 

一直線の道。

 

 

 

中央の小屋の手前、畳2枚半ほどのところに大根がぎっしり植わっていた。

 

 

 

左の方の、道端も同じ。

 

 

 

如何に狭い土地を有効に使うかというとこには、植え方も工夫がされている。

 

 

 

これは、今回の目的の七草粥の栽培にも現れている。

 

 

 

畳2枚半のところには、たくあん様の大根と聖護院大根が混ざって植わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

確か十根川神社と言ったと思う。

 

 

 

この参道脇に、白菜を育てていたおばさん、私と同じ歳くらいだったか、

 

 

 

背負い籠に白菜をいっぱい入れて、立ち上がるのもひと苦労という女性がいた。

 

 

 

そんな姿を見られて、はにかんだ様子に品が感じられる。

 

 

 

大原のひとより、京都のひとらしいと変な比喩が頭に出てきた。

 

 

 

お参りを済ませて戻ると、今度は道端の畑で大根を収穫していた。

 

 

 

たくあんにするために、準備をしている様子で、声を掛けた。

 

 

 

で、今から帰るのかと聞かれて、高千穂に寄って帰るというと、

 

 

 

あそこのひとは、商売が上手だからと、少し嫌味がこもったような話しぶりだった。

 

 

 

貨幣経済にあまり交わらなく生きてきた遺伝子が、そのようにつぶやいているように感じて可笑しかった。

 

 

 

 

この地域の環境に順応して、自己完結に近い暮らしを立てて、その中で物の価値をその質に求めてきた、

 

 

 

ということが、ここの食べ物を食べると、味に出ていて良く理解ができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.05 Thursday

情報を商品化する

 

 

 

 

 

 

 

こんな樹も残っている。

 

 

 

ヒノキだそうだ。

 

 

 

昨日の杉と、もう一本、大銀杏もあるそうだが、残念ながら行けなかった。

 

 

 

次回のおたのしみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなところまで開墾されている。

 

 

 

那須大八郎宗久から数えて33代目だという女将に聞くと、

 

 

 

最初は10世帯だったらしい。

 

 

 

子が子を産む自然増もあったと思う。

 

 

 

この女将は私たちが出立の時、宮崎市内で村のカップルが誕生した結婚式に御呼ばれしていて、

 

 

 

私たちが先に発車したが、途中で追い越して颯爽とアルファードで追い抜いていった。

 

 

 

ところが、途中でこの女将が洗濯物を道端で干している。

 

 

 

そんな馬鹿なと我が目を疑ったが、間違いない。

 

 

 

通り過ぎてしばらくのところの工事中の信号で、とっくに前に進んでいるはずのアルファードが停まっていた。

 

 

 

双子のお姉さんか、単なるお姉さんか、そういうことらしい、

 

 

 

という納得で、そこは忘れることにした。

 

 

 

どこにでもある話しだが、昭和のダム建設で爆発的に人口が増えたのだろう。

 

 

 

 

だけど、他と違うところは、決して過疎化した村ではなく、

 

 

今も、現役の集落であり、これからもとなりの高千穂のように観光化されることも無く、

 

 

暮らしの場として発展していくだろうという事。

 

 

 

 

 

 

 

2019.12.03 Tuesday

七草粥のセット

 

 

 

 

 

 

同じ商品なら安い方がいい。

 

 

それはそうかもしれない。

 

 

だけど、同じ商品なら情報がある方がいい。

 

 

それゃそうだろう。

 

 

 

では、情報は商品化出来ないのだろうか。

 

 

 

TV であおぎりシークアーサがボケ防止に効くと情報を流せば、

 

 

疑いたくなるほど、めっちゃ売れる。

 

 

 

でも、考えてみたい。

 

 

 

普段、顔を合わせながら食べ物を買うお店の言う事より、

 

 

TV の方が信頼されているということ?

 

 

TV に出勤しているひとと、お店に出勤しているひとの所得差は一体何なんだ。

 

 

 

いくら考えても、情報の信頼の差でしかない。

 

 

 

ということは、信頼が所得格差を生み出すのか・・・

 

 

 

信頼を得るためには、情報の質が問題になるということか・・・・・

 

 

 

 

宮崎空港から、車で4時間弱走って、椎葉村という場所に行ってきた。

 

 

 

 

ここに七草粥のセットを栽培しているグループがあるよと聞いて、

 

 

その椎葉村の情報を役場のホームページで読んだ。

 

 

 

読むと、知的好奇心をくすぐる事が満載だった。

 

 

 

これは、一泊してでもその地域の空気を吸ってみたいと思った。

 

 

 

だから出掛けて来た。

 

 

 

 

出かけて来てみると、今のひとたちが暮らしていくのに大切な情報がいっぱいあった。

 

 

 

 

【 世界農業遺産 】 って看板が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019.07.24 Wednesday

甘水農園とまとの測定

 

 

 

 

 

この農園を訪問した時、北海道は大干ばつで、みんなが雨を欲しがっていた。

 

ところが、行くと大雨で、みんなが「 雨を連れて来てくれてありがとう 」 と案内してくれた方に言っていた。

 

雨の中を、孤独に大丈夫かなあ〜と、不安まで至らないが確信を持てない雰囲気で、心情がとても良く伝わってきた。

 

是非、自信につながり、確信に到達するまで根を張って励んでいただきたいと思う。

 

案内してくれた方に、北海道でまともなとまとを特別栽培で作る農家を紹介して欲しいと依頼していての農家さんだった。

 

どこを当っても芳しい答えが無くて、それならと縁の深い彼に私の要望を持ちかけてくれたのだと思う。

 

 

 

あの頃は、支柱の少ない仕立てに私も少し不安になった。

 

見ると、樹が元気過ぎるようにも見えた。

 

樹が元気だったら都合が良くない訳じゃないが、その元気さを実に送るためには、

 

カルシウムやマグネシウムを始め、微量要素が無いと力に成りきれなくて、症状に出てしまう。

 

マグネシウムはマッドグアノを入れていたから大丈夫と思うので、対策は、ほとんどカルシウムの不足を如何に補うか。

 

 

窒素過多と水分過多が合わされば、確実に症状が出るような気がするので、

 

とにかく、水を必要以上吸わせないためには、カルシウムが必要になる。

 

根からでは時間が掛かってしまうので、葉面散布が手っ取り早い。

 

ところが、カルシウム摂取はホウ素とセットでないと定着しないので、ホウ素を探す必要がある。

 

むかし、ベビーリーフの栽培をしている頃、ターサイの葉が巻いて困った事がある。

 

調べてみると、ホウ素欠乏だと出ていたので、ホウ素を遣ろうとしたが、化成肥料は遣りたくなかったので、

 

どうしようかと考えて、手持ちの肥料の中のホウ素を含んでいる物はないか、探していくと、卵殻があった。

 

それで、次の作から卵殻を多めに入れると、びっくりするほど効果覿面で正常に戻った。

 

理屈だけで、自分が認識若しくは理解できないことを鵜呑みにする事に抵抗のある自分は、

 

自分が分からない事を信じようとしない弱点があるが、自分には理屈がまったく分からない事実がいっぱいある、

 

そんな当たり前のことに、実際に出くわして、解決の嬉しさとなんか厭な気になるない交ぜの複雑な心境になる。

 

中学三年生の時の国語の授業中に、魚は鰓に水を通してその中から酸素を摂取するんだっけと教師が、

 

賢い、末に東大入学した仲間と、二十歳代で司法書士に合格した仲間二人の顔を交互に見て話しかけた。

 

横から「 そんな馬鹿な 」 と下等動物がそんな高度な機能を持っているはずが無いと短絡的に考えた私が叫ぶと、

 

「 アホはだまってろ 」 と一括された。

 

おかげで、命の仕組みは自分の概念を超えた存在だと知ったが、

 

心の中では、「 お前に謂れとうは無い 」 と思った記憶がある。

 

これには、後日談があり、結局彼は、私の顔を「 俺もアホだった 」 と私の顔を見る場面が来た。

 

 

まあ、そんなことはいい、問題は若い彼が、如何にカルシウムとホウ素を葉面散布するかだ。

 

 

 

 

 

 

 

測定を月曜日にするために、サンプルを送ってもらったが、月曜日はそんな時間は取れなくて、

 

見ただけに終わった。

 

見て触ってみると、確信した。

 

これは、稀に見る良いとまとだと。

 

この結ばれている縁は、何も測定値を媒介にしなければいけないちゃちな関係ではなく、

 

もっと別な次元の価値観で繋がっていると思っているので、すぐに世話になった案内してもらった方に連絡した。

 

 

食べてもいないのに、寸評しても、相手もあまりピンと来ない。

 

普段なら、吉田さんが云うなら間違いないと思ってくれるのだが、

 

これは、そんな無責任ではすまない案件なので、そうですか程度で終わった。

 

 

昨日、測定後、直ぐに測定者が試食を持ってきてくれたので食べた。

 

私が観じたとおりの味に、「 やっぱり 」 とひとりほくそ笑んだ。

 

 

 

で、隙間を見つけて、また電話をした。

 

今度は「 食べた 」 という事実がバックにあるので、安心して一緒に喜んでくれた。

 

 

 

バンザ〜イ !!!!

 

 

 

こんな話しが通用しない真面目な方達のために、コストを掛けて測定している。

 

 

 

 

 

 

 

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